X寺は、旧街道の宿場町にある歴史ある古刹だ。ネットではこのお寺からは御朱印を頂けないとの前情報があり、どう検索してもこの寺の御朱印の画像は確かに見当たらない。これは絶対無理な案件だ。


ただ歴史のあるお寺だし、せっかく近くまで来ているのだからお参りだけでもしていこう…私は恐る恐る門をくぐった。石畳が続く参道を抜けると、立派な扁額の本堂が見えた。やはり昔の寺盛を今に伝える堂々たる伽藍だ。私は手を合わせてお参りした。


ふと見ると右手の庫裡の扉が少し開いていた。墓参りの人に線香とお花を売っているようだった。こうなっているということは、少なくとも留守ではない。私はまだ見たこともない、誰も頂いたと確認できない御朱印をひょっとしたら頂くことはできないか、という功名心のようなものに駆られて隙間から声をかけた。


「すいません…」いないようなら最初から諦めていたのだし早々に退散する予定だったが、中から笑みをたたえた福々しいお婆さんが出て来られた。その優しそうな笑顔にひょっとしたらの可能性を膨らませて、私は聞いてみた。「御朱印をお願いしたいのですが…」


老婆はその優しそうな笑顔を全く崩さずに答えた。「今日は書けません」。御朱印は出していないと推察して諦めていたのに「今日は」と聞いたので、私はたたみかけてみた。「御住職がお留守でしょうか?」


老婆は全く同じ優しそうな笑顔のままで、しかし毅然と私の質問に答えた。「はい、留守です。でも居ても書きません」


私は尻尾を巻いて退散するしか無かった。しかしあのたゆまぬ笑顔は何だったのだろうか。書けなくてすまないといった申し訳なさは微塵もないし、迷惑がったり怒ったりしている気配もない。ただ口にする冷たい言葉とは完全に乖離した、福々しい優しそうな笑顔を満面に湛えているのだった。


私は、竹中直人の「笑いながら怒る人」を久々に思い出したが、それともどうも違う感じだ。


<完>


※この小話はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。「私」も私ではありません。