印象的な熟女

30代後半に、主に鶯谷を中心に利用していた熟女デリヘル。
当時はまだ今のようにネットに店のホームページが一般的でなく、
熟女雑誌や夕刊紙の広告を利用してアクセスするのが一般的だった。
 
熟女雑誌には、毎月定期的に写真付きの店情報でまとめられたものがあり、
私は主にそれを頼りに店舗の利用をしていた。
私の場合、多くても月に2名が資金的限界だった。
鶯谷のデリヘル嬢の平均的な利用額は1回に1.5万円~2万円程度、これに別途ホテル代がかかるため、25,000円から30,000円の遊びとなる。今考えると随分無駄使いしていたな・・と思うが当時は性欲に勝てなかったのだろう。
 
私は一度利用した女性と何度も会わない傾向があった。
多くても2回程度で、3回を超える人は数少ない。
 
今日はその中の1人について書こうと思う。
 
その相手は源氏名で亀田さんという。
私よりは10歳程度年上。だから当時で50歳半ばの人だったろう。
美形じゃないが、顔だちがハッキリした人で好みだった。
彼女は釣鐘型の胸をしており、ちょっと垂れ気味だったのも私の好みだった。
また、彼女はとにかくディープキスが上手だった。
外人的なキスというか、こちらの意図に応じてくれる、
いわゆるキスのキャッチボールが出来る人だった。
だから長い時間ディープキスをした。
 
最初は鶯谷のデリヘルで派遣されてきて会い、電話番号を交換した。
鶯谷のデリヘルは情報と違う人が現れる事が無い訳じゃないが、この時は違った。
彼女は色々と事情があるようだったので、度々店を変えたりしていた。
雑誌に彼女と分かる写真が出るとからかったりもした。
連絡は常についたので、その後何度か会った。
でも日常茶飯事という訳ではなく、本当に時折という感じだ。
鶯谷、新宿など場所を変えて会う事も多かった。
その後一旦家業から足を洗って飲み屋さんの手伝いをしていた時期もあった。
その時も店に飲み屋に行き、働きぶりを見た事がある。
神奈川県のある町にあった店は、客筋は決して高級ではなく、町場の女将がやっている
居酒屋って感じだったが彼女はまじめに働いていた。
印象的だったのは、そこに来るある常連だった。
身なりは完全にホームレスのような感じで、言語不明瞭な40代後半の男性だった。
待ち合わせをしているから・・というようなことを行って店に入ろうとするが、
女将は毅然として彼を店内に入れようとしなかった。
亀田さんによるとツケが相当貯まっていたようだ。
彼の身なりや言動を見ると、とても仕事をしているような感じではなかった。
言動から判断するとアルコール中毒とも言える感じに近かった。
そういう感じの客も来る場所と言えば想像もつくだろう。
 
彼女は人生を通してずっと水商売の世界を生きていたのだろう。
一時は、フリーの状態で携帯に連絡をすると事情が許せば自宅まで来てくれた。
個人的な話を深くした事はない。私たちは一定の距離感があったのだ。
彼女について分かったのは結婚はしていたが離婚をしたという事くらいだ。
 
彼女は特に性の営みに関する事が大好きというタイプではなかったと思う。
それでも金銭的な事情があると、またデリヘルのママに連絡してを始めようと思う・・とは言っていた。
昔の電話番号に連絡を入れたが既にその番号は使われていなかった。
 
私は彼女との性交渉の相性は良かった。というより私は彼女の体が好きだった。
イキやすい体質だったので、直ぐにイッテしまう。
一度の性交渉で私が一度行く間、彼女は5回程度もイッテしまう。
また、適当に弛んだ肌、年齢にしてはお腹が出ておらず、
胸は大きめなのに釣り鐘型でちょっと下に垂れており、
この胸をまさぐるのがとても気持ちを向上させた。
私は自分の妄想を実現するという意味で、彼女との時間は貴重だった。
それでも全部合わせて交渉をもったのは5~6回程度だったろうか?
 
最後に連絡を取ったのはいつだったろうか?
電話番号を変えてしまったので残念ながら今では連絡が付かない。
元気であればそろそろ古希に近いだろう。
古希ちかいの彼女に会ってみたい気もするが、もはやそれは夢のまた夢である。