2010年の夏休みです。
今アメリカに留学中の友人と一緒に旅行してきました。
オーランド空港で待ち合わせ。

当時、自分の日本の携帯がグローバル携帯かと思っていたので、使えるかと思っていたのに、オーランドではエリア外だったということが到着してから判明。
というわけで、友人と会うまでに少し戸惑いました。
なんとか公衆電話を使い、会うことができました。

さて、今回は、FL(フロリダ:オーランド)→NY(ニューヨーク)→LA(ロサンゼルス:サンタモニカ)に帰ってくるという計画でした。

だから、まずオーランド空港で待ち合わせ。
久しぶりの再会でした。

さて、オーランドといえば、そうです。
ディズニーワールド。
私はアメリカに住んでいた2歳くらいの時、家族で来たそうなのですが、全くもって覚えていません。笑

私たちは、そこからディズニーワールドのシャトルバスに乗り、直営ホテルへ向かいました。
私達が滞在したのは、Disney Pop Century Resort Hotelです。

 

とってもポップでかわいらしいホテル。もちろん、アメリカには必ずある、プール付きでした。
部屋もとっても落ち着いた場所でした。
その日は、しっかりと休み、次の日から4日間めいっぱいディズニーで遊びました。

まず1日目、Magic Kingdom。

 

 

日本のディズニーランドとそこまで変わりません。

ただ日本にはない、スティッチの乗り物がありました。
上からバーが降りてくるので、私は一瞬、回転式絶叫系かと思ったのですが、大丈夫でした。冷や汗が。。

 

お馴染みのミッキーとミニーは、どこまでいってもかわいいです。

 

上をむいたら、なんと文字が。
Hope in God と書かれていました。

これ、飛行機雲なんです。ただディズニーと関係あるかはわかりませんでした。笑

2日目、Diney Hollywood Studio。

 

 

ディズニー映画の世界です。



回転式絶叫系。
私は無理だったから、友人だけ行って来ました。笑
私はその間、確か、ニュージャージ州からご両親とお兄ちゃんと一緒に来ていた、6歳くらいの男の子と仲良くなって一緒に回りました♫

お兄ちゃんがやっぱり絶叫系好きで、その子は絶叫系が苦手だったから、お母さんと一緒に待ってたそうです。

平和な乗り物を探し求めて、Studio Backlot Tour、The Magic of Disney Animation、Toy Story Mania、などなど一緒に回りました。

本当に仲良くなって、最後には、男の子が集めていたピンを私にくれたのです。
今でも大切にとっています。
最終的にお父さんとお兄ちゃんが帰ってきて、バイバイしました。

 

さて、3日目にいきます。
3日目はAnimal Kingdom。



ここでは、リアルな動物が見学できちゃうんです。



私達もバスに乗って、ゆらゆら揺れながら、行きました。
途中止まって説明したりしてくれました。

 
シンボルの木。
それからエベレスト山。

 

このエベレスト、絶叫系アトラクションなんですが、とってもとっても楽しいです。
最初は普通に前に走行するんですが、行き止まりになって、後ろに走行するんです。

それから4日目は、Epcotに行きました。



 

ニモのショーやアトラクションもありました。
ユニークな乗り物が多かったです。

またEpcotは、少し他のParkと違って、いろいろな国のfeaturesが見て楽しめるようになってるんです。例えば、パリ。

 

向こうに見えるのは、エッフェル塔です。
それぞれの国のご飯も楽しめます。
他に、中国、日本、ドイツなどもありました。


 

 

そこからの景色。

 

夜に行われたショーは盛大でした。

Disney World で過ごした4日間。最高でした。
Disney Worldでは1日だけでは到底まわりきれません。
なので、これから訪れる方は必ず1週間くらい余裕を持って行ってきてください。

さて、FLを後にし、NYに移ります。

ここからのお話は、本当に素晴らしいです。笑
不幸が重なり重なって、本当に、サバイバルな2日間をあの、NYで過ごしました。
きっかけは自業自得なのですが。
よく生きてたなって思うくらい、運も私達についてきてくれていました。
私たちのせいで、迷惑をかけてしまった人たちにも、本当に感謝しています。
本当ありがたく感じています。

一つ目。
まず、ディズニーホテルを出て、空港に向かう途中、ホテルに私たち2人そろってスーツケースを置いてきたことを思い出します。
本当に馬鹿でした。

ですが、出発までまだ時間はあったので、ホテルに一旦戻って、スーツケースを持ってくればそれで一つ、事は片付いてました。
私たちはまず、シャトルバスの運転手さんにお願いし、ホテルに連絡をとってもらいました。まずスーツケースが2つあることを確認し、これから戻ることはできないかとお願いしました。

しばらくした後で、運転手さんは、こういいました。
"Which flight are you gonna take?"
"to J.F.Kennedy"
"Okey now every thing is gonna be all right, so all you have to do is just to go to JFK, and then wait for the luggage."

話を聞くと、ホテルの人がJFKまで荷物を送ってくれるということでした。

基本的にアメリカ人が"every thing is gonna be all right"といったときには信じない。
このことを私も久々のアメリカだったため、すっかり忘れていました。
"Every thing is NOT going to be all right"です。
あれだけ、昔叩き入れていたのに、素直に信じてしまっていました。

そのまま、私たちは空港で下ろしてもらい、とにかく言われたとおりにNYにいくことにしました。

2つ目。

私たちはゲートに着き、JFKに向かう飛行機を待ちました。
ですが、いつまでたっても、出発時間過ぎても、なんにもお知らせもなく、不安になっていたところ、近くにいた日本人の家族の方にFlightがキャンセルされたらしいということを教えていただきました。

キャンセル。
つまり飛行機が飛ばないということです。

それだと、泊まる場所もなくて、困ると思って必死にNYにたどりつける方法を探してもらいました。そしたらアトランタ乗り継ぎJFK行きで行けば良いって言われて、チケットを取ってもらったところ、友人は座席がとれて、私は取れなく、友人とも離れ離れになる可能性が出てきたと、不安が積もる一方でした。

後から、キャンセルされた原因がハリケーンのせいだったと、知りました。

なんとかチケットも取れ、NYにいけることにはなり、5時間くらい、オーランド空港で待たなければなりませんでした。

 

私の大好きなPANDA EXPRESS オーランドにもありました。

 

日本で少し働かせていただいていた、クリスピー。

 

本当はその日の昼に着くはずが、その日の夜中に着くことになったのです。
荷物はどうなったんだろうか、という不安もありました。

いろいろな不安が沢山あって、まだ大学2年生だった私達にとっては、事が大きすぎました。
今日本当はチェックインするはずのNYのホテルのほうに、遅れるということを連絡いれ忘れていたのです。

NYに到着。荷物はなかったです。
ホテルの人が送ってくれているはずだと信じきっていた私たちは、スーツケースの特徴を説明しました。

あったら、電話すると言われ、私たちはその場を後にしました。
既に朝の3時くらいだったと思います。

着いて、どうしようかと話していたところ、ニューヨークの地下鉄は24時間使えるということを耳にしました。ですが、空港で働いてた方に、きっぱりと言われました。

"You should stay at the airport, otherwise, its dangerous if only two girls of you walk on the street. "

そのとおりだと思った私たちは、おとなしくその日、空港に泊まりました。
荷物もなんにもなかったので、必要なものを空港で買いました。



夜中のJFK空港です。
ようやく朝日が見えた頃、私たちはJFK空港を後にし、マンハッタンに向かいました。



電車からの朝日です。
結局この日は寝てません。

 

マンハッタンに向かう電車。

災難はまだ終わっていません。
3つ目。

 

予約していたホテルに向かう途中。
もちろん、ホテルには着いて事情を話しましたが、このあと、受付の人に、私たちがキャンセルしたと思って、他の客を入れてしまったと言われたことは言うまでもありません。

満室でした。
つまり、泊まるホテルがなくなったのです。

ホテルを探しまわりました。
どこももう部屋が空いてなかったり、休みだったりして、歩きながら、リアルNYにて野宿生活になるかもと思っていました。

友人ともう笑えないところまできてました。
泊まるところもない、荷物もない、NYでこんなことになるとは思っても見ませんでした。

しかしながら、貴重品だけはありました。
ということで、少しランクの高いホテルを探すことにしました。

ランクは高いといっても、学生でも平気な手頃の価格で泊まれるホテルを友人が一つ知っていて、そこに向かいました。

私が交渉をしたところ、満室だという答えが帰ってきて、ここももうだめかと思いました。
しかし、そこで待ったが入ったのです。

なんと、1室だけ、ちょっとの間待てば、今日チェックアウトの人がいるというのです。
その後でいいなら、構わないとのこと。

私は即いいました。
「待つから、それでいいから、それをgetして。後からって言わないで、お願いだから、今すぐgetして。」

もう身体精神どちらも、疲れていたんです。

待っている間、これまでの荷物の経過を、充電残り少なく、今にも切れそうな自分の携帯と、友人の携帯で日本にいる自分の親に伝えました。

3人いれば文殊の知恵という。
私達にはもう、考えることもできませんでした。

私の携帯は充電が切れ、友人の携帯だけになりました。
親が友人のほうの携帯に電話をし、荷物の場所が明らかになりました。

なんと、荷物はまだオーランドのディズニーのホテルにあるというのです。
詳細はいってる時間がないので、とにかく、荷物をLAの家に送るということだけやってもらいました。

ここにてやっと、すべての災難が終わり、不安が消えました。
細かいことはまだいろいろありましたが、ここには書ききれません。笑

もう既に、どこに行く気にもなりませんでした。
それくらい疲れていました。午後の3時です。

部屋にもようやく入ることができ、荷物を置きました。

せっかくのニューヨーク。
本当ならば2日間の滞在で、自由の女神にも行く予定でした。
でももういってる時間もなく、せめて、後何時間かだけでも楽しもうということになり、出かけました。




 

9.11跡地。そしてMemorial Site。

 

ウォール街。

 

 



いかにもアメリカ。

 

それからセントラルパーク。
小さい頃はこの近くに住んでいてよく遊びに来ていたそうです。

それから有名な、ブロードウェイに行きます。

 


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さて、LAに戻ります。



懐かしいです。
LAは高校1年生の時、過ごしました。
LAの中でも、Santa Monicaという場所。
立派な観光地ですが。





Santa Monica Beach。
この輝かしい海。久しぶりに気持ちよい太陽の光浴びました!



ピアの上にある、遊園地。

 

Santa Monica一望!
ローラーコースター乗りながらの撮影です。

Santa Monica Placeはだいぶ変わっていました。

 

 

前のほうが地元って雰囲気醸しだしていてよかったんですが。ちょっと観光地ぽくなっちゃってて寂しい気もしました。
ブランドばかりでした。



よくこれ使って通学していました。Big Blue Bus。
これ使えば気軽にLAにもいけちゃいます。
UCLAにだって、らくらく行けます。

 

で、このバスを使ってよくいっていたのが、ここ、日本人溜まり場のソーテル。
実はこの場所、高校で、ふと知り合った、日本語の先生に教えてもらった場所なんです。
本屋も、カラオケもあるんです。
当時結構愛用していました。笑

同じ高校通っていた友達の家にも遊びにいきました。
友達は大学でSan Diegoのほうかいたので、会えませんでしたが、友達のお母さんには、当時も今回の旅行も本当にお世話になりました。

高校にも訪れました。Santa Monica High Schoolです。



LAのいろいろな場所にドライブしてくれた友人に感謝です。
それから、今回の旅行は本当に、恥ずかしながらも、親がいなければどうしようもなくらいくらいでした。本当に感謝しています。

サバイバルな旅行記。
それでも、やっぱりあめりか好きです!
以後、気をつけて行動します。

荷物は、おかげさまで、友人のLAにある家に、届いて、私が日本へ帰国する前日にようやく受け取ることができました。
それまではなんも荷物なくてどうしていたかって?もちろん、買いました。笑
洋服も、歯ブラシも、下着も買い揃えました。


最後に、アメリカっぽいカラフルなケーキでお別れ。

 

アメリカにはまたいつか絶対きます!待っててね。