天気が良かった。


春だ。


道端には淡いピンクの花弁がたくさん落ちているのを見た。


行く道が美しい絨毯で敷き詰められている。



風で桜が舞っている様は幻想的で美しい夢の中を生きているかのようだ。



目の前を花弁が舞い散る瞬間はあまりの美しさに、まるで遠い幻でも見ている様な感覚に陥らせる。







新宿でバスを降りた。


新宿の夕暮れは遠い昔の生活を思い出す。


予備校も、バイトも新宿だった。


自分の跡が沢山ある場所だ。


『ミキキ…』



携帯ストラップのキキララが揺れている。



『何?キキララ』



『ミキキ、週に何度も病院行ってるけど、統合なかなか出来ないね。

統合するまで何年もかかる人もいるって先生言ってたけど、ミキキはそっちのタイプなんじゃないの?』


意地悪そうにストラップが揺れている。


『先生は、あと一歩だって言っていたわ。焦るけどもう少しなのよ。自分の中で色々と整理しなければいけないんじゃないのかって思っているのよ。』





『何が足りないの?』


こちらを見るキキララ。



『何か…。次に進むための何かよ』







久々の新宿の夕暮れだった。



こんな時刻になると、縛られた時間から解放された気持ちで外に出ていた。



いつもこんな空気が流れていたな。


歩く人々の表情も、取り巻く街の空気みたいなものも、この街独特の何かをかもし出している。





『懐かしい空気だわ。このまま昔の一軒屋に戻ったら、まるで昔の生活がそのままあるみたいな気持ちだわ。』



『ミキキ…』



『なに?』



『思い出してばかりだね』







『♪憂ってる街に止まって目立ってる赤い夕暮れ~』





携帯の待受を、キキララから人の写真に変えた…



ちょっとだけ現実的になりました…



お元気ですか…




解離性障害で、分裂病ではなかったミキキです。



昨日先生に『分裂病ではない』と言われた。




病気の数が減ったから少し気が楽になった。



あの分裂病みたいなのは一体何だったのだろうか…。


あのキキララの幻覚は何なのだろう。



中にいる人格達だったのだろうか。






ミキキはずっと寝ているだとか、幻覚の中で様々な人物が話をしていたから解離性障害の何かなんだろうか。




こんな新宿の夕暮れは、ナンバーガールを歌いたくなる。



『♪ユーレイ死に神見たのは夕暮れ』



ずっと眠ってしまった私は、過去の中で目を瞑ったままそこにいるのだろうか。



目を閉じ、他の人格が変わりに生きている間に流れた時間を埋める何かをやらなくてはいけないのではないのだろうか。




置いていかれた存在が目を覚まし始めた感じがする。


切れ切れに思い出す様々な風景。





『とにかく、今ここに在らなくてはいけないわ…』





『ミキキ…』




懐かしいこの街の夕暮れは、全ての風景に過去の自分の視線を見る。



視線の中に、その時の思いや見ている未来もそこに閉じ込められている。




『♪ユーレイ死に神見たのは夕焼け』



目を閉じ、留まったままの自分を今ここに在る様にする為に



パーティの残骸の上を浮遊する幽霊の様に

もう生きてはいないのに、生きていた頃の様にさ迷い歩く亡霊にならないように。




過去の生き方を続けるのではなく、次の生き方をしなければいけないという事なのだろう。





ナンバーガールの切なくなる様なメロディーが、



映し出す新宿の風景にぴったりと重なった。




『少し何か見えた気がしたわ』



『何か良い風だね…』




『そうね』






(統合まであと少しな感じ)
夜が深まり始めた頃、つけっぱなしのラジオから知っている曲が流れ出した。



ヴォーカルの歌声は深夜を連想させ、



孤独な光りが甘く切ない輝きを発して、夜の深みに溶け合う風景が浮かんだ。



車のライトは闇を浮遊する。




音楽は室内を濃厚な真夜中の空気で満たし、やがて意識を窓の外の夜へと連れ出す。


意識は新宿へと向かって大通りを走る車の音を辿り、深夜の街へと導かれる。




夜の新宿の風景が浮かぶ。



賑やかな歌舞伎町を通り、ガード下を潜り抜け、思い出横丁を横目に、意識は暗闇を滑らかに走る車の様に青梅街道を進んでいく。



坂の途中のファミリーレストランの人々の表情、



交差点のマクドナルド、




山手通り



行き交う車




淋しく光る街灯






目を開けた。






いつもの部屋の壁が目に映った。




ラジオの音楽は知らぬ間に渋いジャズに変わっていた。





また目を閉じた。