会ったことも、見たこともない



どっかの婆さんの皺だらけの手が、




探るようにパズルのピースをはめていくのを想像する。



その仕上げと言ったら、長年生きた勘か経験からなのか恐ろしく速く、




まるで占い師みたいだ。




気付くと、私の手にはパズルのピースが握られてて




私は、握りしめたたった一個のピースを何処に当てはめるのか解らないで



なんか、



ずっと迷ってるんだ。




『これ、どこに置けば良いんだ?』





S平君が買った、アホの様に細かい曼陀羅のパズル。




の、



妄想。






お元気ですか…




ミキキです…。



妄想と回想の日々を生きてます。




『風が心地よい季節だなんて思ってたら、強い風が吹いて雨が降ったり。

今日は一日中テレビを見て部屋にいたわ。』



『雨は止んだようだよ』


携帯ストラップのキキララは、五月の怠さでぼんやりしている。



『土曜に渋谷のブンカムラへ行ったら、美術館は行列が出来ていたわ。』





その日は日差しが強く、あまり暑くて、ブンカムラの前にあるタピオカジュースを買って歩きながら飲んだ。



冷たく甘ったるいチョコレートのミルクティーが喉を通っていく。





ビルの向こうの水色の空、




道端の積み上げられたゴミ袋、



ドラッグストアのポップ、



信号待ちの人の目の表情、




交差点のカフェの開け放たれた窓から、音楽が溢れている。



強気な、開放的な音楽と、


夏を前にした、街を歩く女の子の剥き出しの腕や足が重なった。





『何か聞きたいんだけどな』




最近音楽が聞きたいと思ってあれこれ聞いてみるのだが




気分に合う音楽がなかなか見つからずにいた。




街路樹



涼む人々



歩いていて



店の前で、足を止めた。




水色の空、タピオカジュースを手にして、



店から聞こえてきた歌が



まるで奇跡の様に



空間を、季節を、風景を包み込み、そして解放する。



『この歌…』




あまりにも突然であまりにも今の自分の気分にぴったりな歌に、



暫く、動けずにいた。




風が吹く。



髪が撫でられるように風に乗る。





『何て言うか、


そんな時ってのは、


ちゃんと良い風が吹いたり


するものだ。




…ピース。』




(つづく)
なんか。


ビー玉みたいな澄んでて透明で何にもない目だとか、


清らかな聖女の真っ白い石の彫刻だとか。



とにかく、



濁りない様な汚れないものに惹かれた。



そうしたものになりたかった。



何でかな。




何でだっけな。








夜だ。向かいのマンションに明かりが灯り始める。



『ミキキ、もう夜だね』

『今夜こそ踊りたいわ』

『いいね』


ストラップのキキララが歩く度に音をたて揺れている。




暑かったり寒かったり、変な季節だ。




『ねぇ、キキララ。先生が言うには、統合に向けて進んでいるらしいわ。自分でも変化はあるのがわかるわ。』



キキララのストラップは
何でも分かっているのだと言うように静かに揺れた。




趣味で集めていた小物に対して、違和感を感じたりしはじめた。


ひとつ前の人格が好きだった物に思えてならない。




『集めたコレクションは、ひとつ前に作り出した人格が、一つ一つ集めて理想へと行き着こうとして築き上げたものだわ。


今の自分には好きなのか何なのかよくわからないわ。』




それは理想へと近付く為の、イメージだ。





お元気ですか?


ミキキです。


私は少しずつ統合へ向かって前進する日々を送っています。


あともう少しな感じはするのだけど、なかなか出来ない。


何でだろう。






ヒールの音。


新宿へと向かっている。



新宿のクラブだ。





地下へと続く入口へ入っていく。




開いた分厚いドアから音楽が一気に押し寄せてくる。






『今日は女の子少ないんですよー。』


見渡すと大柄の外人男性グループが後ろのテーブルで飲んでいるのが見えた。


『どんな音楽が好きなんですか?』


『えっと…私は…』


店の女の子に聞かれ、答えるのに困ってしまった。



(私は何が好きなんだっけ)


『…何だろ……』



女の子の真っ直ぐな目。


私の困った視線は踊る人々へと移っていく。




それぞれの身体が、それぞれの動きとリズムで皆踊っている。


(何が好きなんだっけ)


店の子との短い会話のやりとりを終え、踊る人々の中へと入った。






客の女の子が、フワフワと踊って目の前を横切る。


白いスカートをユラユラと揺らす。




『キャ!』



女の子がふらついた拍子に、手元の飲物が溢れた。



咄嗟に、腕を掴まれる。




(ミキキちゃんは将来は何になるの?中学卒業したら私と一緒に舞妓さんにならない?)



(ええと…私は…私は…何になりたいのかなあ…)


女の子は、ユラユラしている。




『私は何になるんだっけ?』






知らぬ間に、懐かしいクラッシュの曲が流れている。




遠い夏を思い出す。



大きな夏の山が浮かんだ。


蝉の声と、夏の日差し。



小学生の夏なんかは、母の田舎に遊びに行った。


皆でプールへ行って日焼けして


思いっきり泳いだ後に『あなたの知らない世界』をカップラーメン食べながら悲鳴をあげて見て、


一日に何度も何度も繰り返し皆でジュンスカのライヴのビデオを見て、


S平君は純太と同じ靴を買ったと言って満足げに純太の足元を見、




そして、夜になったら徹夜大会だ。


『今度こそ、朝まで起きるぞ!』



徹夜するつもりが、いつも途中でリタイアして眠ってしまう小学生の自分にとって、夜はとてつもなく長く未知なものに思えた。



朝までの数時間は、とても長い時間に思え、


自分が眠っている朝までの数時間というのは、世界でとんでもない何がが起きているのではないかと思わせた。




どんな風に世界は朝になるのだろう。



そこに居て、見てみたかった。





部屋の電気を消して真っ暗にする。



S平君が懐中電灯を持ってクルクルと回し始める。



音楽を流して



『踊ろうぜ!』



S平君の懐中電灯の明かりが部屋中を彷徨い照す。




単純なポッカリとしたまあるい光は暗闇を浮遊する。


まだ踊り方なんて分からなかったけど。


恥ずかしい気持ちと、楽しさと何かたくさんの気持ちだ。




『ミキキちゃん。一緒に舞妓さんになろうよ、ねぇ。ミキキちゃんは何かなりたいものってあるの?』



Mちゃんに言われた時、私は絵を描くのも何か好きだけどしっくりこなくて、何も別にこれといったモノなんてなかった。



帰るときに、S平君の妹Mちゃんがクラッシュのカセットテープをくれたんだった。







ガラスの置物の様な、ビー玉みたいな奥に何もない目。


清らかな石の彫刻。



とても透明なもの。




私は何でそんなものになりたかったのかなあ。


でも、今はどうだろう。



視線は遠い夏のS平君の作り出したクラブごっこの懐中電灯の明かりから、

本物の新宿のクラブへと移っていく。




女の子が、浮遊している。


フワフワと踊っている。




私は何かを追い求めていたんだけどなあ。



自画像の向こうに見えたもの。



私は、何を追いかけていたのだろうか。




『龍だとかそんなものだわ』




頭を空っぽにして、体を動かす。


音楽と一体になったような感じになる。



目の前に流れる音楽に上手に乗れた時、とても良い動きが出来る。




『私は龍みたいなのを追っていたわ。』


人々は踊っている。


思い思いに体を動かしている。




新宿にあるこのクラブに初めて来たのは6年前で、私は自画像を描いていた。



透明なものになりたかった。
透き通る水色、水面上の昼の空、太陽の光。



水中に明るい光が通っている。




子供がぐんぐんプールへ潜って行く。





その目は探究心に満ち、楽しく体を使う喜びで溢れている。



探る楽しさの中にいる。




美しいプールの中を泳いでいる映像。



最近、何度も浮かび上がる映像。




(なんだっけ…。この映像。)



この病気になってからチラチラ頭を横切らせる映画、『マルコヴィッチの穴』のラストシーンか?


それともS平君の持っていた、ニルヴァーナのジャケットか?



十九の時の水泳教室の記憶か?



その時、アルバイトで水泳を子供に教えていた時の光景だろうか?



(一体この映像は何なんだ?)



『ミキキ、また病院へ行くの?』


『行くわよ。』



病院までの坂道


何等変わりのない、いつもの風景だ。


『何か面白いものはないかしらね。』


『どんな?』


『何かよ。』

『…』

『風が気持ちいいわね』




携帯ストラップのキキララは、黙って風を感じている。



音楽を聞きながら、坂道を上っていく。




『♪足を空に向けて頭を地につけているとか

幻覚でそういうのを見せてくれよ、体を逆さまにしてくれよ。なあ…


オマエの思考は大崩壊


実は何もなかったとしてもだ


そしてオマエは自問自答するだろう


where is my mind?

where is my mind?

where is my mind?』





お元気ですか…



全然統合出来ないけど頑張って生きてます…ミキキです。


春なので、ぼんやりしています。


キキララもぼんやりしてると思う。



連休が、始まろうとしています。


緑が心地よく美しい季節です。





視線は街路樹の揺れる緑をこえ、過去を映し出す。


『♪オレはどうなっちまったんだ


水中に解決策がある


泳いでいるとそれに気付く

オレはカリブ海を泳いでいた♪』





十九の時、入院をした。

退院後、S平君が迎えにきた。



『今、何か調子悪いんだ。私。

何か気が合う友達なかなかいないし。

何か、何がしたいのか分からないんだ。
好きなものはあるけど、何をすれば良いのかわからないんだ。


しかも何か気持ちが重くてさー。変なんだ。物がハッキリ見えないって言うか、変なんだ。歪んで見えたりするし。


今、病院で精神安定剤を貰って飲んでる。』




『そうかー。オマエ、気を付けろよ。


俺の友達でT男ってのがいるんだけどよー。


そいつ、双子なのに二人とも全然似てねーんだ。もう片方はガングロで、T男は色白でヒョロヒョロした感じで。

T男がさ、「なあ、S平。俺、何もやりたい事も夢とかないからさ、金を貯めてそれで旅に出る。旅人になるわ。」

っていって、全然知らない国へ一人で行って、長い間歩き回って来たんだ。』


車はS平君の実家へと向かう。


S平君の実家までは、三時間くらいかかる。



車は走り出す。




『見ろよ、コレ。

友達の婆さんがボケ防止にってパズルやってて、とにかく何でも良いとかってネコとかのパズルやってんだけど。

俺、でかい曼陀羅のパズル買ってきてそれ婆さんに渡したら、物凄い速さで仕上げて返ってきた。』



見ると、後部席に大きな額に入れられた曼陀羅のパズルが何枚か積まれていた。


しかも凄く細かくサイズも大きなパズルだ。



『…』




車は山へと向かっている。


『婆さん、パズルやるの滅茶滅茶早いんじゃないの?しかもこんな絵のパズルどこで見付けてくるの?ハハハ!』



S平君はまだ地元で毎晩街へ出てナンパの日々を過ごしていた。




『毎晩街へ出掛けては、友達と二人でナンパをしに行く。捕まらなかった夜は反省会をする。「オマエ、あの会話はダメだぜ」とか言って』


『ハハハ!』


『オマエ、センモン学校は行ってんのか?』


『学校には行ってない。何か、何したら良いのか分からないんだ。サボって本屋で立ち読みしたり、ギャラリーで絵を見たりしてる。


この前さー、友達と学校の近くのビルの屋上へ行ってみたよ。ドキドキした』


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『何か学校行っても何か足りないんだ。何かしたいんだけど、何か分からないんだ。


いつも歩き回ってる。


本屋とか、何かよく分からない変な店見付けたら入ったりしてみてる。』









風が吹いている。


病院が近付いている。



ハタハタと風で洗濯物が揺れるのを見た。



『専門学生の時、


授業中は、隣のアパートに干してある洗濯物が風に揺れるのをぼんやりと見ていたのを思い出したわ。


汚いボロボロの古いアパートに、しみったれた生活を思わす洗濯物が適当な感じで雑に干してあって。


それを、なんとも言えない気持ちで見つめているの。』






切れ切れに思い起こす映像は様々な事を思わせた。








『その日々の中に存在した気持ちの問題が、何年もかけて熟成して目の前に現れるようだわ。』




古いアパートの窓の外に干してある洗濯物が風で揺れる。



ただそれだけなのに、その時の自分は沢山の何かを思い感じていた。



複雑な思いで見つめていたのを思い出した。




『好きなものを素直に好きと言えなくなってしまったり、何が好きなのか分からなくなっていた時だったわ。』






S平君から貰ったCDを聞き、中古のレコードショップを回り気になる物を買ったりした。



この頃聞いたものや観たものは一生忘れられない程にこの時の自分の日々に深く響いたが、


いつも中途半端で、良いなと思ったアーティストの物を全部揃えるまでになかなか至らなかった。





『今なら少し、その時の自分は何を求めていたのか分かる様な気がするわ。』



その時は分からないけど、ずっと後に分かる事があると思う。