あたしはアメリカの同僚、そして友人たちからもらった災害支援のためのお金を頂いてきているので、その使い道を考えている。
義援金へ、とも考えていたのだけれど、おととい、支援活動先でいろいろ手伝ってくれている日本在住のアメリカ人の男性と話した。どうやら某宮城県沿岸の小さな町に行ったら、あまり支援が行っていなくて、まだ物資が全然ないみたい、ということを言っていた。だからあたしも個人的に物資を、と彼と相談をして、彼が今日持って行ってくれることになっていた。
その彼、なんだかその地区の一番上の人に電話したらいい、と避難所の人に言われ、昨日電話してみたら、その上の人がかなりお怒りでなにもいらない、と言い張り、結局電話を切られたそう。実際その地区のサイトを見たらおととい必要な物資がたくさんリストになっていたのに、昨日はもう`無‘と書いてあるだけ。
で、結局、なにもいらないといわれてたくさん持っていても引き取ってくれないのならしょうがない、と思い、30~40人ぐらいに配れる程度の下着、肌着、靴下などを調達して持って行ってもらった。
その彼は日本語が片言なのだけど、行った先の避難所ではやっぱり物資が全然なくて、みんなとても喜んでくれ、1分半ですぐ物が無くなったって言っていた。さらに、帰り際に深くお辞儀をされた、と言っていたので、やっぱりとても必要だったのだろうと思う。
こうやってもっと必要だということが分かっていれば、もっとたくさん持って行ってもらえたのだけど、やっぱり町長さんにいらないと強く言われている手前、それほど大規模で持っていくことができず、彼はとても残念に思ったそう。
こういうのは本当に難しいね。やっぱり行政はゴールデンウィークで人が来すぎていっぱいいっぱいなんじゃないかとも思う。でもこうやっていろいろ考えてなにか為になることをやろうと思っているものから見ると、なんか本当に必要な支援を阻めている気もする。行政と実際に避難所で暮らしている一人一人との隔たりも感じる。
やっぱり大規模での物資運び、というよりは、グラスルーツ的な小さなグループでの物資運びのほうがいいのかな。しかも行政を通してだとなにもできないので、個人的なつながりを通しての支援がいいのかもしれない。
今日は南三陸に物資を運ぶ、というYMCAの人も来たので、その彼にも洗濯物干しとかまな板なんかも合わせて持って行ってもらった。彼も南三陸にいる親戚を通して、いろいろ物資を運んでいるみたい。
なんだかこういう支援をすることのむずかしさをひしひしと感じる今日この頃。