




あっという間に3・11から二か月が経ちました。
紹介した写真は、僕がコデジで取ってきたものです。津波のすさまじい
破壊力を目の当たりにするような写真も撮れたのですが、そこに住ん
でいた人たちをおもうと、とてもシャッターを切ることができませんでした。
これが私の限界点。
撮影した場所は、実際の活動拠点ではなく、道中立ち寄った小名浜港
とその周辺の津波による被災地です。
小名浜では、瓦礫の排除は大まかに終わっており、岸壁に座礁した
漁船をガレー船のクレーンが海に戻すための作業を着々と進めてお
りました。(ニュースで見た方もいるのではないでしょうか?)
近くのお土産物屋(だったと思われる)でも、一階はダメでも二階では
食事を出していたりしていました。復興の兆しがうかがえ逞しい限りです。
ただ・・・三枚目から・・・これが太平洋側の海に面した被災地のつい今
の現実です。そこに人の暮らしがあった、笑顔があった、生きがいや
夢をはぐくむ場所があった…報道やブログなどいくらでも配信される情
報により、「知ったつもり」だった私がここに立った時、全ての機能が
停止してしまいました。
そこには、音も空気も時間すら「無」でした。津波という訳のわからない
巨大なものが全てを持って行ってしまいました。
なにもかもが破壊というより「粉砕」され、希望をどう持てばいいのか
解らなくなる・・・そんな場所に思えました。
現在、テレビのニュースで震災のことが報じられない日は無いですが
伝えるのは原発のことと、げーのーじんがどこそこの避難所で炊き出し
しましたとか、応援しましたとか…
ちがうよ!!って!
一人じゃない・・・みんながいる・・・って?
この風景を見て言えますか??
本当に必要なのは、新しい一歩を踏み出すための「資金」と「仕事」
じゃないのかな~。
自衛隊のお陰で国道・県道など道路状況は素晴らしく復旧できてい
ます。物流もそれなり。品薄感もそれほどないです。
ただただ、手つかずの瓦礫の山はどこまでも続いています。
しかもその「瓦礫」とはつい今しがたまで人々の営みがあった生活
そのものが粉砕された痕・・・いってみれば単なる「ゴミ」じゃないんです。
ねえ!!
全国いや・・・世界中から集まっているという「義援金」はどこにあるの
ですか?
kanさん・・・浜岡で満足している場合じゃないでしょ?あなたもこの風
景を見たはずだ・・・・それでもほとんど手が入っていないということは
やはりあなたの「目」はガラス玉だったとしか思えない。
被災された方が、出来る限り早く、新しい一歩を踏み出す勇気が湧い
てくることを、祈りつつその手助けを一所懸命続けるしかないんですよ
ね。