理想のパートナーは?

 

 先日「人と居るのは難しいけど人と暮らすハードルが低い」というツイートを目撃して、ん?心当たりあるな??となったぷです。

 

 シェア人降格居候のことはそれだったなと思う。

 

 仕事や集まりで誰かといると、その人がイヤじゃないように色々頑張ってしまうんだけど、シェア人は「うまいこと負担を分け合いつつ『生活する』」なので「人付き合い」とは種類が違うのかもしれない。

 そう考えると「パートナー」とは、「付き合う相手」ではなくて「生活する相手」なのかも。

 

 そもそも「付き合う」って言葉自体、相手に合わせるニュアンスあるよね。生活は別にそうじゃなかった。私は私の仕事をして、洗濯をしてご飯を食べつつ、相手は引きこもって暮らしていたわけなんだけどそれぞれ好きなサイクルで回していたし、ご飯の時間を合わせて効率を上げることもしていた。

 

 付き合ってるわけじゃないからとても楽だった。

 パートナーとはそういうものなんじゃないかと思う。

 

 

 

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 恋愛をベースにした関係もしない関係も「パートナー」というカテゴリの中にあって、私は「恋愛をベースにしない関係」を求めているんだなと思う。

 

 これまでの「お付き合い」の中で、恋愛感情を挟んだ相手とは力関係も生まれてしまっていた。
 これはそういう風に育ってきた自分や相手によって当然のように形成されて行った感。
 「俺の事好きなら××してよ」って2人の夫にはどっちも言われたことある。 
 私は「私の事好きなら××してよ」って言ったことないんだけど。
 
 好きを人質に自分の要望に「付き合わせる」。
 パートナーって言葉には「対等」って意味合いも含まれているんじゃないかな。
 対等じゃない関係は「主従」、マスターとスレイブ。
 結婚生活時代はこれだったと思う。
 
 夫(主人)に従う妻(嫁)。
 
 育ちの家の中でも私以外の家族はマスターで、私だけがスレイブだったためこの力関係の図式に馴染み過ぎていた。
 家の外でも慣れ親しんだ(?)マスタースレイブな人間関係を持ちやすかった結果があの結婚生活なんだと思う。
 これに抗って離婚したうえ家出までした私やるやんけ。
 
 理解するまでものすごい時間かかったけども。
 
 期待はしてないけど、いずれマスターではなく、パートナーを得て暮らす日がきたらいいなとは思ってるよ。
 
 パートナーなら性別関係ないしな。