こんちくは、ぷです。

悲しいニュースがガンガン流れてますな。
対応した児相の存在意義が問われてます。

暴力ってな、言葉にすることを恐怖で制限されるんだよ。
うちのおかんもよく私を叩いて、
「言いたいことがあるなら言ってみろ!」
「なんか言うことないのか!」
って怒鳴ってたけど、言わせないために殴ってんだよね?
殴られたくないから「ごめんなさい」しか言えないのにさ、
「ごめんなさいしか言うことないのか!」
とかもう意味不明だよね。
そうして暴力を振るわれていることを、私は誰にも言えなかった。
人に話して事態が悪化するのが怖かったし、
悪化する未来しか予想できなかった。


殴ったって事実を認めてる親。
本当にもっとやりようあったんじゃないの、学校も児相も。
普通に生活しようとして、顔にあざができるなんてこと
起こらないでしょ。
それともそういう子ばっかり見過ぎてマヒしてたの?


亡くなった少年は、暴力の恐怖に立ち向かっていたんだな。
言葉にして、この状況を変えたいって思ってたんだ。
力のある子だったんだよ。


人を殺すのは絶望だと思う。
恐怖から逃れようとして勇気を振り絞ったのに
その声が誰にも届かないと打ちのめされた時の絶望よ。
周りにはこんなにも人がいるのに、
道端の石ほどの存在感もない孤独よ。

誰にも認識してもらえないのに、存在する意味があるか?

中学のころずっとそう思ってたなぁ。

他人に認識されることが、他人と生活するうえでどれくらい
重要なことか。そんなことを知るために集団生活とか
してんじゃねーの?
それを逆手にとって、存在を無視して人を追い込む輩もいるわけですが
大人が未来の姿として彼らの先に立っているならば
どうすればいいのか伝える方法を真剣に考えて、
実際に伝えなければならない。
どんな方法があるのか、知っていなくてはいけない。


大人は案外なにも知らない。

厚労省こころもメンテしよう
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/consultation/window/window_03.html

こども人権110番
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html


他にも色々あるけれど、できれば見つからない形で
自分がされたこと、言われたことなどノートとかに記録しておいて
聞かれたときに話せるようにしておいたほうがいい。
質問されたとき、頭が真っ白になって何を言っていいのか
判らないことが多かった。(これは大人になってからも)

ノートは家ではないどこかに保管。
どこか、が問題だけど、話を聞いてくれる保険医がいるなら保健室、
学校の先生は信用できないな、と思ったら交番・・とはいえ
おそらく交番の警察に何か言うのはハードルが高いんじゃないかな。

もっと話しやすく信用できる大人・・
これは今の大人が信用できないって話でもあって心苦しい。


本当に私たち大人はろくでもないな。

それでも、このニュースに腹を立ててる大人も大勢いる。
今泣いている君のそばにも絶対にいる。

でも大事なのは、そこから脱するのに一番必要なのが、
どうにかしたいと思っている自分自身の行動力なんだ。