日曜日のドラマの二月の勝者

主人公の柳楽優弥が、勉強ができない児童をお客さんと呼び、塾はサービス業だと評したことについて賛否あるみたいなんだけど

ボクは正しいと思っている

現にクライアントにも同じアドバイスをしたことがある


ネットでは、受かる見込みがない子を適当にあしらって金だけ巻き上げる悪徳商法と捉えられている

果たしてそうか?

ボクは違うと思う
それを思い知ったのは田舎に帰って来てからの体験だ

 

進学塾の本来の目的は唯一合格である

合格させることを提供するからサービスなのである

 

学校の勉強についていけない子は進学塾ではなく学習塾であったり補習塾に行くのがフツー

 

フツーではあるのだが、間違ってきてしまうお客さんがいるのだ

それは親の認識不足

親が悪い

 

知名度があるのは圧倒的に進学塾

学習塾や補習塾はチェーン展開しているのは少ないし、メディアにはまず出てこない

 

ろくに考えない親は大は小を兼ねると考える

 

そしてお客さんになる

 

お客さんとは、

 

別に合格なんか最初から求めていない

合格しなかったら死ぬと思ってやってるわけではない

 

意気込みが全然違う

 

お客さんが求めているのは

 

私たち(親自身と子供)はがんばった

努力したのに合格しなかった

それは仕方ない

 

 

言い訳、アリバイができればいいのだ

 

合格までは求めていないけれど、ならばどこまではできるようになりたいか?

そんな目標はない

 

 

求めているのは、「やった」という事実だけ

 

できるなんて思ってないのよ

できるようになるためにはコスト(お金だけじゃない、努力であり、時間であり、様々なリソース)がかかることを知らないか見て見ぬふり

そのときになって、できませんという

 

死ぬ気で合格しようと思ってる親はなんだってやる

それが「父親の財力と母親の狂気」という言葉で表されているわけ

そんなのないからお客さんなわけ

 

  クライアントのキャッチコピーが「プロ志向」だったときがある

 

  プロになりたい人はどれだけいると思いますか?

 

  アーチスト気分が味わいたいだけの人はどれだけいますか?

 

  クライアントはキャッチコピーを変更した

 

  そのクライアントはうまい表現をした

  「そっか、私たちが京都で舞妓さんの衣装を着て祇園を歩くのと同じか」

 

なかなか立ち上がらない俺の大人用の塾には、意識高い「系」コースを作る予定である

 

本気で起業したいとは思ってない

思ってるつもりなんだろうが、そんなの本気のうちに入らない

リソースを割く気がないんだから

 

頑張ってる私カッコいい

 

本当に求めているのはその満足感

(もちろん俺から見ても本気ならそういう人には引き続きサポートはするんだけど)

 

なんちゃって意識高い「系」なんて人は見たことがなかった

 

田舎にはそういう人がたくさんいる

 

そういう人に夢を見させてあげるのも必要なんだと思う

 

それで満足するんだからそれでいいじゃん

 

騙してるのは自分

業者はそれに付き合って求められているものを提供するサービス業

 

 

そういうの世の中にはいっぱいある

 

 

結局これも本気度の違い