もひとつ興味深い記事を。
亮夏さんは脳性麻痺で産まれた青年です。
体の麻痺は、バネのように跳ねてしまうほどの状態です。
しかし、一人では動けない彼ですが
車椅子で知らない人の力をかりながら
旅行に行って帰ってきたり
自らの体を教材にして
看護や介護の学びに活躍されたりと
様々な「トライ」をされています。
(脳性麻痺、亮夏さんで検索出てくると思います)
障害をいいわけにせず、自分らしく生きる。
d(^-^)
~以下Facebookより引用~
『チャレンジとトライ』
「亮夏さん、次はどんなことにチャレンジするの?」
って、よく聞かれます。
でも彼はそんな時
少し困った顔で笑います。
それは彼が「チャレンジ」をするために、
チャレンジしてきたわけではなかったからです。
せっかくなので
チャレンジの意味について調べてみました。
✔︎challenge(チャレンジ)
・できそうにない困難な事に立ち向かう
・新しい記録に挑む
・戦いを挑む
うわぁ〜
無理。
そんなの無理やなぁ。
意味分かると余計に無理や〜
ゆーて、
彼は笑います。
それは彼が今までやってきたことが
立ち向かったり、戦ったり、挑んだり、ではなかったから。
もっと自然で、心のまま動いてきた事。
言葉に変えるとそれは「try」でした。
■障がい児者=チャレンジ
例えば、
障がい児を「チャレンジド」って言い換える言葉なんかもあります。
なんとなくですが、、、
なんとなくいつもそこに私たちは違和感を感じていたんです。
「できないことがある人」が前提で
できないことをできるようになるために
「頑張っている人」
そんな背景がどうしても見えてしまうから。
彼らは、できない事をできるようになるために生まれ、生きて、そして死んでゆくか。
違うんじゃないかって思うんです。
困難なことにチャレンジするためではなく、
自分の人生を楽しむために生まれ、生きている。
何も変わりはないです。
確かにチャレンジって響きはかっこいい。
でも、
間違いなく私たちの感覚は「チャレンジ」ではなく「try」でした。
・自分ってなんだろう?
・自分は何が好きなんだろう?
・自分は何が得意なんだろう?
・自分はどんなことにワクワクするんだろう?
・自分は何が嫌なんだろう?
自分を知ると、必ず次の目標が見えてきます。
怖がらず、色々やってみる。
決めつけず、色々試してみる。
まずはやってみよ!
そんな感じ。
周囲からは「無謀だ!」と猛烈大反対された、
介助者無し車椅子ヒッチハイク(京都ひとり旅)でしたが
「ほな後で。」とあの日彼と私は目を見て、笑って別れました。
そこには「信じきる」それだけでした。
彼を、
そして彼を信じる自分を信じる。
「障がいを言い訳にしない、自分らしく生きる人生」を歩む道中に起こった出来事やそこからの気付きをもとに、
皆さまと、
そして大切なお子はまにとっての「自分らしさ」を、もう一度振り返るきっかけとしてお役に立てたら幸いです。
8/24は、彼と二人、
そんなお話をしようと思います(^^)