映画「みんなの学校」にも出演していた
大空小学校に四年生で転校してきたセイシロウ君。
発言も行動も大変個性的な男の子でした。
高校生となった彼は東大でのシンポジウムのスピーチにて
このような感じの話をしてくれたそうです。
「【障害】は、病気ではありません。
【障害】は僕そのものです。
でもそれは、治せません。
【障害】は、僕の個性そのものです。
それを治せということはできません。
大空小は、僕が僕のままでいる事を受け入れてくれました。
そこでは僕の周りの人も、みんな自分らしく居られたから。
今までは、親も学校も誰も僕を分かってはくれませんでした。
「学校」は、牢屋・刑務所・収容所の様でした。
(中略)
みんなの力で障害=個性を伸ばしていきましょう!」
あえて【障害】という言葉を使っていますが
彼は自分の事を「障害者」とは思っていないでしょう。
また、彼の周囲にいた大空の人たちも
彼を「障害者」扱いなどしなかった。
そんな彼を当たり前のように迎え入れた環境。
ユニークで突拍子もなくて愛嬌があって
騒ぎも巻き起こすけれど
そんなのはどの子も一緒で。
そんな人と場の中で過ごせた事が
彼の心を殺すことなく伸ばせたのではないでしょうか。
人は否定されて育てば
自己肯定感など作られる筈もなく、
「そのまま」を受け入れて貰えないという事は
自身の存在を絶え間なく否定され続ける
拷問のような中で生き続けなければならないという事です。
それはとても苦しい人生でしょう。
私自身が、そうでした。
色んな人がいるよ
という事が当たり前の大空の教室。
そこで育った子供達は、それが当たり前として
社会に巣立っていきます。
卒業式もリハーサルなどなしに「最後の授業」としてぶっつけで。
(愛子さんの保育園りんごの木も、同じくだそうです)
そしてその中の
とりわけ色々な問題を抱えてきた子達が
現在「教師」を志し、頑張っているという事です。
その子達は自身の経験から
過去の自分のような子供がいたら、その力になってあげたい
という想いを持っています。
かつて木村先生や大空の人たちが
自分にしてくれたように・・・。
3~4年程前に、初めて木村泰子さんとお会い出来た時
沢山の人から話しかけられる泰子さんを
人が少なくなるまでずっと待って、ようやく話しかけた言葉は
「療育って、木村先生はどう思われますか?」という事でした。
その意味を、恐らく汲み取ってくれたのだと思います。
「・・・私は、必要ないと思っています」
一拍おいて、真っ直ぐにそう答えた泰子さん。
そうか、やはりか。
そう、そっと背中を押された気持ちになったのを覚えています。
今回も、最後の質問で
プレーパークをされているという参加者さんが
同じような質問をされました。
泰子さんも、愛子さんも同じ意見で
いい場合もあるのだと思うよ、でもね・・・と。
トレーニングによる「伸ばす練習」も確かに
効果がある面もあると思います。
しかし今、子供が生まれて成長していく中で
誰かが決めた「普通」「標準」に届かない個は
「普通じゃない」として節目節目で弾かれていきます。
そして、「ふつう」に近づける為の「特別教育」を
受けさせられるのです。
「療育」の効果は、「困っている親御さん」の支援となる事が
一番の効果ではないかと私は思っています。
我が子を受け入れられない、どうしていいか分からない親御さん。
その支援としての「療育」によって
親子関係が改善することがひとつの効果になるのではないかと。
~④へ続く~
