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父親はどうだったの?というと

父は今思えばASDっぽい人だったと思う。
すでに難病ALSで数年前に亡くなっている。

何かに打ち込めば機械的にのめり込むその真面目さと積み重ねる特性で

有名な洋酒を扱う会社の役職についていた。
営業の成績は優秀だったらしい。

 

しかし私は父と話した記憶がほとんどない。

私が「普通じゃない」という事が目に見えて表れてきた小学校高学年ごろから
父も事あるごとに


「情けない」


という言葉を度々吐きかけてきた。
そんな事もあって、彼が事故で死にかけ

数年入院した際も私は一度も見舞いに行かなかった。

私が中学生の時の事だ。
 

学校に行けない。

普通に出来ない。
人と上手く関われない。

それは両親にとって「情けない」事であり

人よりもはるかに「劣っている」事であり

【矯正】捻じ曲げてでも治さねばならない事であったのだと思う。

 

 

私が子どもだった時代は
「発達障害」などという言葉は無く
(「普通」しか理解できない)その親も、戸惑うばかりだった事と思う。
 

誰も悪くない。

生き方や哲学の問題だ。

「普通」の見方や考え方しかできない親には、気の毒だったと思う。

犬が猫を育てて「なんでワンって鳴けないのよ!」と言う様なものだ。

普通に生きられなくって、ごめんなさい。

何度そう思ったことか。

夢が、「普通になりたい」というのは

結構「発達障害」あるあるなのである。

 



つまり私が一番多感な時期
両親は私という「異種」を認め受け入れられる事が出来ず

「否定」し「批難」し続けるしかなかった。

母は宗教に救いを求め

父は自分の殻に閉じこもり

 

 

私は部屋の中

一人で自分の活路を求め続けた。

 

今の様に、インターネットなどもなく

知りたい情報が簡単に手に入る時代では無かった。

 

 

私はなぜ「普通ではない」のか。

精神病だろうか。

だったら精神病院に行ってみたい。

しかし、何の情報も手に入れる事ができない。

 

 

テレビの熱血教師に憧れた。

金八先生

醜いアヒルの子の岸谷五郎演じるガアスケ先生

夜回り先生

ヤンキー先生。

 

 

私の前にも

そんな救いが現れると思っていた。

 

しかしそんなヒーローはもちろん、現れなかった。

 

 



④に続く

あっれー?

何だか脱線してきちゃった^^;?

そろそろ「何をしてほしかったのか」に戻さないと・・・!