「普通じゃない」私が
今振り返ってみて
親にこうしてもらいたかったな~という事って
何だろう、と考える事があります。
現在の社会であれば
「発達障害」の「病名」をつけられる事間違いなし。
しかし
私はいま「病名」を必要としていません(ちなみに未診断です)。
私がまだ、「普通になれない自分」「消えた方がいい自分」と
苦しんでいた時に
ある人は平然と、当たり前のようにこんな感じの事を言ってくれました。
「アスペルガーでも何でも、それよりトリさんはトリさんじゃないですか。」
救われました。
その人はずっと私を見守って下さっていて
あなたはそんなあなただからこそ、いいんですよ・・・そう教えてくれたのです。
一人だけでも、心からそう言ってくれる人がいれば
ぶっちゃけ生きていけますよ。
そういう傾向があるという事
自分だけではない事
「病気」ではありません。
「特性」ですわ。
感受性が強い半面
社会性やコミュニケーション能力は低く
環境や物事に対応できずパニックになる事や
場面緘黙もあり
感覚過敏、人見知り
そして好きが強くなりすぎる愛着障害(^_^;)
こう書いていると
自分の事ながら
色々持ってるな~と思います。
定型発達や「普通」の親御さんにとって
こういう子を育てるのは大変かと存じます。
彼ら彼女らに変わって、私が謝ります。
「その子ら悪くないねん!でも大変なのは分かるわ・・・ホントすまん!!」
私の母親も
そういう子を育てる多くの親と同じで
私に「普通」の子になって欲しかったんですよね。
ただ、普通になってほしかった。
学校へ通って
友達も作って
勉強も学んで
そんな「普通」に。
しかし私は
自分でも覚えてる。
小学4年生くらいになると
女子はグループを作り始めるんです。
クラスでも、いくつかのグループを。
私は「群れ」で生きられるタイプでは無かったのです。
なぜ、みんな自然に「群れ」られるのか
私には謎でした。
その頃から私は、学校やこの社会の多数派の人間の中に
違和感を感じ始めていました。
学校もよく、ずる休みしました。
母の入れてくれた熱いお茶に体温計を入れて
熱を偽装。
午前中のNHK教育テレビを見る幸せと
罪悪感。
私には、「定型」の社会・・・それを象徴するのが「学校」で
日々を過ごす事が、とても不自然だったのです。
②に続く(続くはず