昨日は友人親子と
大きな公園に行ってきました。
大型遊具も色々あったり
広々していて
緑や水も楽しめる所です

体を使って遊んだり
園内スタンプラリーでポイントを探し回ったりして
子供達も楽しんでくれたかな?
お友だちがお腹がいたくなったと言うと
「ぼくの肩に掴まって!と
肩を組んで歩いていたりと
仲がいい姿。
そういうのをいつも目撃します。
お友だちの男の子も
帰ってから「今日は楽しかった~」って
独り言を言っていたそう
その子は
マイペースな性格のいい子で
端で見ているとそういう子の方が
坊とは相性がいいような気がします。
息子はほとんどの場合
無邪気にうまくやっていける人。
遊んでいる最中
坊はこんなこと言っていました。
「○君はぼくの"しんゆう"だから(^ー^)」
そう言えるのが素敵だ。
私は「友達」とか「仲間」なんて
なかなか口に出せない。
きっと、「自分がそう思っているだけで
相手は違うかもしれない」
という拒否される恐怖かも。
私が「友人」と書き表す人は
そう言わないと逆に失礼でしょ、というくらいに
関わりを持った人だ。
こちらが仲良くなりたくても
避けたり去っていく人も多い。
こちらにしたら悲しいけれど
それは恐らく、賢い。
1回か数回会っただけの人にも
簡単に「友人」とか「友達」って使う人もいるけれど
私にはできないな。
どこからどこまでが「友達」かなんて
私には。
「仲間」もまた使い難い。
以前初めて「仲間」だと思えた人達もいたが
簡単に裏切られ見捨てられ泥をかけられた経験は
なかなか消えてはくれない。
簡単に口に出してしまえるそれは
所詮仲良しごっこだ。
この言葉は今でも
軽々しくは使う気になれないし
今後も使う機会もそうはないと思う。
先日
折々で顔を合わせるご家族の
購入して1年にもならない古民家が
配線板や電気の劣化が原因と思われる火事で
全焼してしまった。
リノベーションして
ようやく完成しそうだった時に。
その火事現場の後処理に
ヘルプが出たので
予定をキャンセルして手伝いに行った。
一大事、
何ができるかとかではなくて
何かでもできるならと思って。
そういう人たちが
30人ほど集まった。
労働力として。
炊き出し担当として。
支援金を集めて基金として。
子供達の衣類を集めて。
たくさんの人が
色んな方法で思いを託してきた。
私も自分のカメラから
ご家族の写真をピックアップして
アルバムを作ってお渡しもした。
家財道具や資産
ほとんどをなくしてしまった彼らだけれど
「足るを知る、すでに自分達は必要なものを全て持っていたんだ」
と話してくれた。
それって「人」や「信頼」だね。
大変なときに
何か助けになりたいと思えるのって
それが「仲間」というのだろうか。
とり坊は
パーソナルスペースが
身体的にも精神的にも小さいのだと思う。
人懐こく
疑いを知らず
人の懐にすっと入っていく。
彼には大人も子供も肩書きも関係ない。
私はこの子が、大好きだ。