数日前の夜
こんな夢を見た。
場所はまず
学校の体育館らしき場所だった。
そこでは授業、というか
異様な「教育」が行われていた。
ずらりと生徒や園児
保護者が集められて
教師が話す。
「はい、みなさーん!
これから催涙ガスを体験していただきまーす!」
「目が痛くなったり、息ぐるしくなります」
やがて
ガスが撒かれる。
やばっ!と
口をふさぎ目を閉じる・・・・・
次は
集団の前で教師が
発砲のデモンストレーションをして見せる。
発砲音。
場面は変わり
今度は避難、脱出の訓練の場面。
体育館の隅にある厳重な扉を開けると
そこはトイレで
更にその奥に秘密の脱出扉があり
みんなそこから外に出る。
その後は
バスに詰め込まれて、移動。
「実際の時、を考えて真剣に訓練する事!」という雰囲気であった。
遠足ならぬ
演習、だ。
保育園の息子の姿が見えず
不安だったのを覚えている。
※夢の中の話です
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あ、すみません
この人アブナイ、って思った?
眠っている時に見た夢の話ですってば。
何故こんな夢を見たかというと
色々要因となる事は思い当たる。
(ユングさ~んフロイトさ~ん注釈おねしゃす)
娘との事や
モラ氏とのいざこざがその日の夕方あって
心がざわついていた事もそうだろうし
娘の中学校説明会の説明書を読み
過去のトラウマがフラッシュバックした事も
影響があるかもしれない。
私にとって
小学校高学年から
特に中学校の頃とは最も思い出したくもない時期だ。
THE・定型発達(いわゆる普通の人)の娘にとっては
たいした問題も感じずに適応していける社会だと思う。
しかし私には
『何故?』という、無駄な事がいっぱいなのだ。
うん、全ての事に
無駄な事など何もない…とも言える。
疑問を持ちながらも流されたり、従ったり
我慢する事や忍耐というものも
時には必要、なのかもしれない。
しかし例えば
通学の自転車の色や形の指定は
何故あるのだろう?
(別に、どんなのだっていいんじゃない?)
何故カバンを前かごは入れてはいけないのだろう?
(それが危ないかどうかは自分で判断すればよくない?)
自宅から学校まで決められた距離が離れていなければ
自転車通学できないのって何故?
(道を隔てたあっちは自転車通学OK、こっち側はダメとか理不尽。
あんまり近い所なら歩けよ!って思うけれど)
部活動は強制で必ず入らなければいけない、とか。
(帰宅部という選択肢は無いのか)
説明会の案内数枚を見ただけで
くだらない(と私には思える)『規則』に縛られた場所である事が
思い起こされた。
規律、ルール、集団行動
小学校よりもさらに
中学校とは「軍隊」のようだ。
定型(発達)の人には
疑問も起こらないレールなのだと思う。
でも私の様な
自分の目で見て
感じたものしか信じられない人間にとっては
ばからしいことが満載の小さな世界。
冒頭の夢の話は
実際にこの日本の学校で
行われてもおかしくない事なのだ。
戦時中
実際に、「学校」ではこうした「教育」が行われていた。
竹やりで人を殺す訓練や
教育勅語
歪んだ愛国心
その時はそんなものが「普通」であり
それっておかしくね?と口に出そうものなら
非国民として家族ともども弾圧された。
自分だけの問題ではなく、家族にまでもだ。
大人も、教師も、学校も
必ず正しいなんて事は無いのだよね。
今の教育制度は
そんな戦後の50年以上も前の
「みんな同じように」(学び育ち)
「頑張って働き」(そうすれば報われる)
「生産性を上げ」(何でもどんどん作って)
国を豊かにすべく
それが大事とされてきた
そんな時代と同じままだから
歪みが生じてきたのではないかと思う。
国の為にとにかく
万人に「教育」を受けさせることが一番の目的だった頃と
今は違う。
今の日本は豊かに
ただちに命の危険が迫る様な事もない
安全な社会となった。
(その均衡も危ういが)
とにかく知識を詰め込め!という教育に
とにかく「社会のルール」を学ばせるためにという
そんな工場の様な過程に
「それっておかしくね?」と感じる人も、いる。
この戦争って、おかしくね?というように。
「発達障害者」といわれる人々の中には
そういう風に、一般の常識を
何故?と疑問を持てる人も多いと思う。
それって
「障害」じゃなくない?
裸の王様に「あんた、裸だよ」って言っちゃう子みたい(^.^)
多数にとって普通の事でも
他のある人にとっては普通ではない。
正解は、世界が変われば違ってくるもの。
中学校という世界に入る娘を想像すると
私が息苦しくなっちゃうな。
(娘本人はどこでも適応できる子です)
やりたい部活が無い、けれど
卓球面白いし、卓球部にしようかな~という娘。
やりたいものがなければ、作ればいいじゃない、という私。
校長先生に話してみたら?と。
だって、せっかくの学ぶ機会だもの。
やりたい事や、ワクワクする事に時間を使えたらいいじゃない。
でも娘、度胸もないし
みんなと同じが大好き
はみ出す覚悟も無いので(~_~;)
嫌だ、という。
なんでよー。
将棋部とか、釣り部とか
楽しんで学んで過ごせるもの、あればいいのにー。
(そういうのって高校だけなの?)
外国の学校やサドベリースクールなら
意味のない規則も少ないし
自分で考える力が育てられるのにね。
日本でも、そういう
本当に必要なものを身につけられる
「学校」になってほしいと心から願う。
先日
「みんなの学校」という映画の上映をお手伝いした。
どんな子供も一緒に学べる
地域の人にも見守られた学校が舞台のドキュメンタリー映画だ。
私はすでに過去に一度見た事がある。
学校の先生も
「教師」としての前に
一人の人間同士として子どもたちに接している学校。
この公立小学校の元校長先生には
今までに2回お会いして話を聞く機会があった。
私はこの先生の事が
人として、好きです。
その言葉には、今までの疑問がストンとはまる様な
安心感が湧く。
興味のある方はぜひ
映画、ご覧ください![]()
