その人がどのような事に対して怒るか

ということは

相手を知る上で大きなヒントとなるのだと思う。

 

 

私に当てはめてみると

「普通」を強要される事や

その価値観に当てはめられる事は

 

トラウマであり、逆鱗であり、地雷でもありそうだ。

 

 

最近読んでいた漫画

「のだめカンタービレ」の主人公

野田 恵(通称のだめ)もまた

そういった一面が描かれている。

のだめは

部屋が片付けられない

言動・行動が変人

 

しかし興味のあるものに対する

集中力・記憶力・発想力が天才的な

ピアニストである。

典型的なギフテッドだ。

 

自由に弾きたいのに、譜面その通りに弾かなければ怒られる。

押しつけられる事に

拒否反応を起こす場面があった。

 

強いこだわりがあり

押しつけられる事を嫌うという面は

アスペルガー独特な特性なのかもしれない、と思う。

 

 

 

私にとって「普通」になりなさい

という事は、人間としての全否定だった。

そして同じように

「普通ではない発達障害者」というようなものを見ると

その子に感情移入してしまい

その発言者に怒りが湧いてしまう。

 

そして

前記事の様な持論を一通り語った後

 

・・・・・でも

こういう風にも考えられるな。

と新たな面からの考え方にも思い当たり

反省する。

 

 

前記事であれば

 

でも、その母親は自分なりに子を理解しようと頑張ってきて

本当にくたびれ果て

発狂寸前まで追い詰められているのかもしれない。

それでも質問を送り、答えを探しているではないか。

あの私の文章では、そういった追い詰められている人を

さらに傷つけることになるだろう・・・。

配慮できずに申し訳なかったなと。

 

 

私は『あんたは「そういう子」を育てた事ないだろう!!』と

言われれば、そうですねとしか言えず

経験していないゆえに共感が出来難い。

想像して察するしかできない。

 

この考え方は投稿者の母親側に寄り添う目線であり

 

 

 

私は経験上まず

『普通じゃない』『何もうまくできない』と思われ続ける

子どもの目線で見てしまう。

 

この場合必要な事は

この母親を責める事ではなく

この子を『障害児』扱いする事でもなく

 

まずはこのお母さんをケア、支援してあげる事が

必要なのだと思う。

相談できる、確かな知識を持った人がいなかったり

自分一人で背負いこんでしまう事が

一番の悲劇だ。

事件が起こる。

 

そして必要であれば

その子が持っているものを見つけ

伸ばしてあげられるようにできたらいい。

生きる上で役に立つ色んな事を教えてあげたらいい。

 

批判や否定ではなく

だったらどうすればいいんだろう?

と考える事が必要だ。

 

 

栗原類君の著書

 

類君のお母さんの手記も載っています。

このお母様自体が世界を飛び回る翻訳家さんで

主治医お墨付きのADHDなのです(笑)

 

親子二人三脚で

類君の特性と向き合ってこられたやり方も

色々書かれていますので

 

『育てにくい子』とやらを持って悩む親御さんにも

お薦めします、と

育てにくい子代表の私が宣伝します(^u^)