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乳がんかもしれない。

 

 

それを眼前にして思った事は

 

 

「あぁ・・・やっと終わるんだ」

 

 

という自分でも意外な気持ちだった。

 

 

きっとそれだけ今までずっと

「上手くできない

普通に出来ない

人ともうまくやっていけない

ダメでダメでダメな自分」

が辛かったのだと、思う。

 

 

 

この10年

娘と息子に出会えてから

一緒に過ごし

私は、幸せだった。

だからもう。

 

 

 

いや待て・・・

 

 

待て待て待て。

 

 

 

「私が居なくなったら

この子達はどうなる?」

 

 

 

 

すぐに

現実的に頭が動きだした。

 

 

子供達の父親はモラハラ男。

 

私は一人っ子で兄弟はいない。

実家の父は一昨年亡くなり

年老いた母が遠方で一人暮らし。

親戚も遠方でなかなか会う機会もない。

 

 

 

安心して頼れる人が、誰も居ない・・・!

 

 

小林麻央さんのブログは

私がこうなる前から拝見していて

色々思うところがあるのだけれど

 

まず、お姉さんの麻耶さんの存在や

旦那さんの子供達を愛する支えがあって

それだけはよかったね・・・って心から思う。

 

きっと麻央さんも

諦めずに生きる中でも

自分が居なくなった時の事を

想像せざるをえない時がある様に見受けられる。

 

一番の心残りは

私と同じように子供達の事のはず。

 

 

でも、あれだけ夫である海老蔵さんが

子供たちを愛して想いやって寄り添ってくれている姿

麻耶さんの深い深い愛。

その点だけはある意味安心して治療ができる

・・・んじゃないかなぁ。

 

 

私に話を戻すと

 

我が子達には、そんな人などいない。

 

 

私が居なくなったら

この子達は色んな日常を失ってしまう・・・。

 

今まで私たちはしょっちゅう色んな場所に行き

色んな変わった人に出会い、過ごしてきた。

様々な価値観、世界観がある事を知ってほしい。

「普通」の型にはめられ

良い学校・条件の良い会社・・・

小さな世界だけしか知らずに生きてほしくないから。

それに触れさせるのは

変人である私でないと、なかなかできない事だ。

 

また休日ともなればいつも3人で

馬鹿みたいに楽しんで過ごしてきた。

いっつもどこかに出かけてね。

畑をやったりしているのも

私が好きなのもあるし、2人にも

土に触れたり、生き物を感じてほしいから。

 

 

学校や保育園に見送り

家事をしたり

「いってらっしゃい!」

「おかえり!」

「おはよう!」

「おやすみ・・・」

ごはんを作ったり

遠足にお弁当を作ったり

授業参観に行ったり・・・。

そんな普通の日々を作ってあげられるのは

私しかいない・・・。

 

 

 

まだ、この子達には私が必要。

私には、まだしてあげられる事や

教えてあげないといけない事がある・・・!

 

自己否定の強い私にも

それは分かる。

 

 

 

癌だったら

あと最低どれだけ生きればいい?

即座に考え

 

 

・・・8年。

8年、生きたい。

 

そう思った。

 

 

そうすれば娘が18歳。

息子は12歳。

 

高校卒業、中学入学する年だ。

 

18歳にもなれば

どうにかこうにか、自分で立ち

弟を見守って生きていけるかもしれない。

 

 

高校を卒業させるという事は

親にとって

とりわけ一人親にとっては

大きな大きな目標だと思う。

 

それまでは頑張って学費を稼いで払って

こどもとして育てるから、という覚悟。

 

 

 

私にはこの世界で一番頼れる家族は

娘だった。

 

息子が生まれてこの約5年

しぶしぶながら

一緒に育ててくれたのだ。

 

 

娘は、私の頼れる家族。

深く考えない悩まないお気楽な性格も

私とは正反対で

腹が立つ事も多いけれど、ある意味安心している。

 

 

 

8日後の検査結果

癌だと診断されても

治療に向かい合って

8年、目標に生きるぞ・・・。

 

そう気持ちを奮い立たせた。

 

 

 

 

 

追伸

 

覚悟はある程度固めているはずなのに

結果が出るまでの毎日

悪夢を見た。

 

実家の母がバラバラに解体される夢や

息子が滝壺に落ち、それを追ってダイブする夢や

流産する夢・・・後は忘れた(^_^;)

 

 

意識外の深層心理下では

かなり不安だったという事だろうな。