カウンセラーをしている知人のブログの
昨日の記事に
「苦手な人が教えてくれること」という話があった。


彼女自身の
こういうこともあったのよ~という
体験談だ。
(ブックマークしてあるのでよかったらどーぞ)


いつでも自由奔放に見えるその方も
以前は自分がシャイだと思っていたという。

美しくきらびやかに目立つ友人を苦手に思っていたそうで

でも初めての講演の仕事の依頼を受けてから
自分にも目立ちたいという面があったことに気がついて
それから何故か、その苦手だった友人が
好きになれたんだって。


その友人の方も誰か思い当たるのだけれど
お二人とも全然違うタイプながら
いい関係に見える。
馴れ合わず適度な距離でお互いを尊重しててね。



・・・


私も今
職場とかリアルでも色々思うところがある。

「苦手な人が教えてくれること」は
確かにあるかも。


私がどうしても苦手だと感じてしまう人、か。

例えば


他人を意味も無くけなしたり
『ムカつく』とか幼稚な発言をすぐする人。
そうして笑える人達は
きっとそういう親に育てられ
そういう環境でずっと生きてきたのだろう。
誰も注意してくれる人も無く。

そう考えると
それ、ちょっと違くないか?と、思った事を注意してくれる人は
大事だと思う。
「はぁ?」って言い返されるかもしれないリスクもあるけれど
その人の為も考えて提言するのだから。
人は言っても無駄だと思ったら
もう放っておくからね・・・。

でもそういう群れに合わせる事も
この世界では(特にムラ社会では)
とても重要とされる生き方、のようだ。

それが分からない私は
やはり少数派なのだろう。





あくまで普段の振る舞いなど
性格的なものの場合だと

私は必要以上にうるさい人は
一歩引いてしまうかな・・・。

女子高生の様な
きゃっきゃきゃっきゃした感じとか。


まず会話のラリーについていく気がしないし
聴いているだけ・見ているだけでも疲れてしまう(^_^;)


このどちらにも共通点があるな。


それは、グループ。




きゃっきゃきゃっきゃの
うわべの慣れ合いが
私はとても苦手だけれど

もしかしたら深層心理では
そういう風にしてみたいという裏返しなのだろうか???







私は進撃の中で(またそれか←ツッコミ)
芋女ことサシャも大好きなんだけど
そのエピソードでドキリとする場面があった。

サシャ↓
 
普段はマイペースで
ムードメーカーだ。

山育ちで狩りをして生きてきた民族の彼女が
訓練兵になる前の父親との会話(9巻より)。

・・・・・・・・・・

人間っちゅうのは群れで生きる動物なんや。

違う生き方をしている人間でも
限られた環境の中じゃ同じ群れに入って
人と関わっていかないと・・・

と話す父親に拒否を示すサシャ。
それに対し

それもいい
一生この森の中で
自分や同族のみの価値観で生きていくのも。

けどな
それと心中する覚悟はあるか?
これからどんな危機に見舞われても
助けを乞うてはならないぞ?
義務を果たさんものが
その恩恵を受ける事ができんのは
当然やからな。

私の考えではこうだ
伝統を捨ててでも一族と供に
未来を生きたいと、思うとる。
世界が繋がってる事を受け入れなければならん。

サシャ
お前には少し臆病な所があるな。
この森を出て他者と向き合う事は
お前にとって
そんなに難しいことなんか?

・・・・・・・・・


なんかね

この作者さんも若いけれど
きっと今まで人間の陰日向を見て
色々考えてきた方なんだろうなーと思うわ~。