ターナー展 に行ってきました
ターナー展 興味深かった!
初期 の迫力ある作品
くすんだ灰色や茶
とっても重たい 空気…
だけど いつもキラリと 光を感じる
歳をとっていくほどに
画面が明るく
輝かしいものに 変わっていく
なんとも
「青がキレイだ~!」と
思っていたら
黄金色に輝く 作品が多く
黄色が好きだったからか…
晩年の 程よく力のぬけた
詩集用の 挿絵が 好き…
私が勝手に想像していた
ターナーの姿は
スラーっと した叔父さん
ご本人は 違って…解説には
「晩年を迎えた老ターナーは
お世辞にも魅力的とはいえない
…かなりみすぼらしく…」と 辛口
「 大胆で表現力豊かな
絵の具使いは 過去の巨匠のだれともまったく
似ておらず 描写がむやみに
曖昧 精度欠く 」
と評論家たちから
「石鹸の泡 水漆喰」のよう
と批判 されても
ターナーは 常に自分と向かい合い
技法の研究を重ねていた
自分を信じて 周囲の批評など 気に止めず
真っ直ぐ前を向いて 歩いていた
その自信は 絵画にもしっかりと現れていて
圧倒されました・・・
大人が思うような
「 上手い絵 作品 」
では ないかもしれないけれど
感じることを
表現すること
…無理のない範囲でね
自分の中で 心の中で
日常の中では 隠されている
気持ちの 塊 みたいな もの
作品の中に 出てくると いいなと
考えています

心を解放してみる--
子どもたちの、
制作するようすを見ていると…
「どうやって、描けばいいのか
…つくればいいのか…」
と迷っているときがある。
「こんな風に描かなければいけない」
「こんな風につくらなければいけない」
にとらわれているのだろう。
「こうしなさい。」
「あれ、きちんんとできたの?」…
日々、私も 子どもに使う言葉です。
知らないうちに、
子どもたちは
と迷っているときがある。
「こんな風に描かなければいけない」
「こんな風につくらなければいけない」
にとらわれているのだろう。
「こうしなさい。」
「あれ、きちんんとできたの?」…
日々、私も 子どもに使う言葉です。
知らないうちに、
子どもたちは
「…で、なければいけない」
ことに、とらわれて
しまうのかもしれないですね。
毎日の生活の中で
「…で、なければいけない」
から、解放される時間
毎日の生活の中で
「…で、なければいけない」
から、解放される時間
があっても いいのではないかな。
もっと
自由に思うままに
想像したり
描いたり
作ったり。
自分自身も
子どもの頃はそんなこどもでした
つくったり、描いたり
だから、
もちろん!
「こんな風にした方が、ほめられる?」
「こんな風なものつくれば
「こんな風なものつくれば
大人は嬉しいの?」
…と考えていた、子どもでした。
でも、なんか窮屈でね。
…と考えていた、子どもでした。
でも、なんか窮屈でね。
つくったり、描いたり
するのは好きだけれど
もっと楽しくなりたい
もっと楽しくなりたい
…と心の中で思っていました。
だから、
私は何をしてあげられるのかな…。
もっと楽しくなれるかな。
どうしたら自由に描くことができるのか…。
一人一人の個性
もっと楽しくなれるかな。
どうしたら自由に描くことができるのか…。
一人一人の個性
によって異なりますね。
その子どもたちの
その子どもたちの
様子をみながら声を
かけるようにしています。
もちろん!
どんどん、描いて、つくって
できてしまうお子さんもいますよー。
心が軽くなりますように!
心が軽くなりますように!
子どもって
とっても速いスピードで
成長していきますね
あるとき…
意識が目覚め
心と体を使いこなすようになる
あるとき…
動きを通して
脳のネットワークを形成する
ブンブン! 走るとき
夢中になって! 描いてるとき
人間て 体を動かすことによって
成長 できるのだそうです

~7才は 肉体を育てる
~14才は 生命力を育てる
~21才は心を育てる
21才~は精神を磨く
と 唱えていらっしゃる方もいます
小学生は!「生命力」
を育てる 大切な時期
自分の思いっきり
元気を出せる場所を
見つけたいですね♪
私の出来るコト!
「 てでかくつくる 」
手をつかった エクササイズですね!
↓「てでかくつくる」 頑張れクリックお願いします
わたしの父は80歳を超えています。
昔から
「 手 し ご と 」
を 続けてきました。
それが、必要だったし
それが好きだったこと
もあると思います。
わたしが知っている限りでも…
壊れたものを修繕 庭の手入れ
障子や襖を張り替え
飼育用小屋作り 小さな畑
飼育用小屋作り 小さな畑
掃除 料理 洗濯
「 手 あ そ び 」
「 手 あ そ び 」
では 絵画 陶芸
これは遊びか否か…写経
もっともっとあるのですけれど。
今でもとても元気 です。
今まで特に
今でもとても元気 です。
今まで特に
深く考えたことがなかったのですが
実はわたしも
実はわたしも
「 手 」使った仕事
をしてきました。
広告をつくったり
広告をつくったり
筆文字や 手描きイラスト など
PCも、もちろん使用しますが…
そこで「 手 」について考えてみることにしました。
( 難しく考えることは、
PCも、もちろん使用しますが…
そこで「 手 」について考えてみることにしました。
( 難しく考えることは、
あまり得意ではないのですが・・・ )
人間の手を
人間の手を
『 外 部 の 脳 』と
18世紀
18世紀
ドイツの大哲学者・カント
が唱えています。
手と脳が密接な関係にあることを
手と脳が密接な関係にあることを
端的に表現したものです。
現代の脳科学によると、
手は脳の
現代の脳科学によると、
手は脳の
「運動野」や「体性感覚野」と
大きくつながっていることが
わかっています。
細かい手仕事に熟練した職人の方や
細かい手仕事に熟練した職人の方や
脳の創造力と手の描写力を
駆使する画家などに
長生きの人が多いのは、
長生きの人が多いのは、
手から脳への刺激が
絶えず行われているからかもしれません。
手を活発に動かすと
手を活発に動かすと
脳が刺激を受け
増えて細胞間をつなぐのです。
手のひら のように
手のひら のように
広がったようなかたちですね。
その手のひらが
その手のひらが
ケーブルでつながないと
作動しませんよね。
だから、どんどん
手に刺激を与えると、
脳がフル回転
脳がフル回転
(ちょっと大げさですね)
するわけです。
ヘレン・ケラー●
特にアン・サリバン先生との
ストーリーは非常に有名ですね。
高熱にかかり
高熱にかかり
聴力 視力 言葉を
失ってしまったヘレン。
小さい頃から
小さい頃から
弱視の経験を持つ アン・サリバンは
ヘレンに「 しつけ 」「 指文字 」「 言葉 」を教え、絶望視されていた
「 話す 」ことを可能にした。
とても有名な場面です!
ヘレンケラーの手に
水流をあて続けます。
そして、
そして、
「これが『水』『water』なの!」と
手のひらに
指で、指文字を押しあてて
何度も伝えます。
何度も何度も、繰り返した結果
何度も何度も、繰り返した結果
「わかった!」と
いう瞬間がきます…。
ヘレンケラーの
ヘレンケラーの
「 手 」に あたえられた刺激は
きっとたくさんのシナプス を形成し
残されているの脳細胞が働きだした
のではないでしょうか。
「 て で か く 」こと
で たくさんの感動や刺激が
きっと 脳に伝わるはずです。
きっと 脳に伝わるはずです。
たのしくなる、元気なる そして
やる気も、根気も、根性も、忍耐も…
今は、あんまり
使わない言葉になってしまいましたね。
でも 時代が変化しても
でも 時代が変化しても
もっと 力強く生きてほしいなー
と思います。
て で か く つ く る -----
伝えることで、
元気な心 や 強い心 をつくる
おてつだいができると いいな
て で か く つ く る -----
伝えることで、
元気な心 や 強い心 をつくる
おてつだいができると いいな
と考えています。
★もちろん、「 手 」だけではなく たくさんの他の要素も 必要ですね。
わたしの父は、昨年あたりから
★もちろん、「 手 」だけではなく たくさんの他の要素も 必要ですね。
わたしの父は、昨年あたりから
「 茶道 」
をはじめたようです。
また、これも「 手 」をつかうのですね。まだまだ、元気です♪
毎日、脳に刺激を
また、これも「 手 」をつかうのですね。まだまだ、元気です♪
毎日、脳に刺激を

