エジプト再生編
第一章 揺らぐ王国
アレクサンドリア王宮。
朝日が白い大理石の柱を照らしていた。しかし、その美しさとは裏腹に、王宮には重苦しい空気が流れていた。
「女王陛下、財務長官がお待ちです。」
クレオパトラは静かに謁見の間へ向かった。
机の上には、山のような羊皮紙が積まれている。
「報告いたします。」
財務長官アポロニオスは深く頭を下げた。
「今年の国庫収入は大幅に減少しております。」
「理由は?」
「ナイル川の増水が例年より少なく、穀物の収穫量が激減しました。各地で飢饉が始まり、税を納められない農民が急増しております。」
さらに別の書記官が口を開く。
「地方では徴税官による不正も横行しております。本来王国へ納められる税が、役人や地方貴族の懐へ流れています。」
クレオパトラは眉をひそめた。
「どれほど失われている?」
「正確な数字は把握できません。しかし、国庫に入るはずの税の相当額が消えております。」
その時、外交長官が新たな報告を持って現れた。
「ローマ共和国から使者です。」
部屋の空気が一変した。
「借款の返済期限が迫っております。返済が滞れば、軍事介入も辞さないとの通告です。」
王宮は静まり返った。
ローマは地中海最大の軍事国家であり、正面から戦えば勝ち目はない。
しかし、問題は外だけではなかった。
近衛隊長が地図を広げる。
「陛下の弟プトレマイオス十三世を支持する勢力が軍を集めています。」
王家の重臣たちは二つに分裂し、宮廷では暗殺の噂まで飛び交っていた。
地方都市では盗賊が増え、治安は悪化し、商人たちは交易路を避け始める。
港には以前のような活気がなく、税収はさらに減少していく。
クレオパトラは静かに立ち上がり、アレクサンドリア港を見渡した。
(このままでは、エジプトは数年で崩壊する。)
現代日本で経営再建を学んできた記憶が脳裏によみがえる。
財政改革。
徴税制度の見直し。
汚職の摘発。
穀物の安定供給。
港湾と交易の再建。
「この国は、まだ終わらない。」
クレオパトラの瞳に、静かな決意の光が宿った。
エジプト最後の女王ではない。
新たな黄金時代を築く最初の女王となるために。
第二章 王国の実態を知る
クレオパトラは王宮の会議室で重臣たちを前に言った。
「机の上の報告だけでは国は救えません。まず、国内の実情を正確に把握します。」
重臣たちは顔を見合わせた。
「陛下、自ら地方へ赴くのは危険です。」
「危険だからこそ、私が行くのです。」
数日後、クレオパトラは少数の護衛と信頼できる側近だけを連れ、身分を隠して各地を巡り始めた。
最初に訪れたのは、ナイル川流域の農村だった。
本来なら黄金色の麦畑が広がる季節。しかし畑は乾き、農民たちは痩せ細っていた。
「税が重すぎます。」
一人の老人が震える声で語る。
「収穫が半分になっても、徴税官は例年どおりの税を取り立てます。払えなければ家畜や農具まで没収されるのです。」
クレオパトラは一言も漏らさず記録係に書き留めさせた。
次に訪れた地方都市では、市場の活気が失われていた。
商人たちは口々に不満を訴える。
「検問所ごとに通行税を取られます。」
「役人へ賄賂を渡さなければ商売ができません。」
「盗賊が増え、護衛を雇わなければ商品を運べません。」
港町では、かつて世界中の船で賑わった埠頭に空きが目立っていた。
交易商は地図を広げる。
「港の設備が老朽化しています。荷役に時間がかかり、多くの外国商人が他国の港を利用するようになりました。」
さらに軍の駐屯地では別の問題が明らかになる。
兵士たちは装備の不足を訴えた。
「兵の給金が遅れています。」
「武器も鎧も修理されません。」
「このままでは国境を守れません。」
王宮へ戻ったクレオパトラは、巨大な地図を壁に掲げた。
各地で集めた情報を書き込み、問題を分類していく。
第一 農業
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干ばつによる収穫減少
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灌漑施設の老朽化
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農具不足
第二 財政
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徴税制度の混乱
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役人の汚職
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国庫収入の減少
第三 商業
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港湾設備の老朽化
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交易量の減少
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過剰な通行税
第四 治安
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盗賊の増加
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地方軍の弱体化
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国境警備の不足
第五 政治
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王族と貴族の対立
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地方官僚の腐敗
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行政の機能不全
クレオパトラは地図を見つめながら静かに言った。
「原因は一つではない。すべてが絡み合い、王国を弱らせている。」
側近が尋ねる。
「陛下、どこから改革を始めますか。」
クレオパトラは迷うことなく答えた。
「まずは国の土台です。」
「食料、財政、そして人々の信頼。この三つを立て直さなければ、どれほど強い軍を持っても王国は滅びます。」
翌日、王宮では史上最大規模となる国家改革会議の開催が布告された。
エジプト再建への第一歩が、今まさに始まろうとしていた。
第三章 才能を集めよ
国家改革会議の翌朝、クレオパトラは王宮の大広間で重臣たちに命じた。
「これまでのように、貴族だけで国を治める時代は終わりです。」
その言葉に、大臣たちはざわめいた。
「陛下、それでは王家の伝統が……。」
「伝統だけでは国は救えません。私が必要としているのは、身分ではなく能力です。」
クレオパトラは新たな布告を発した。
『王国人材登用令』
この布告はエジプト全土に伝えられた。
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農業に優れた者
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商売や会計に長けた者
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建築や土木技術を持つ者
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医師や学者
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軍事指揮に優れた者
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法律や行政に精通した者
身分や出身を問わず、能力ある者を王宮へ招くという前例のない制度だった。
数週間後、アレクサンドリアには各地から多くの人々が集まった。
ナイル流域で灌漑施設を築いてきた技術者。
交易で巨万の富を築いた商人。
難病を治療してきた医師。
数学や天文学を研究する学者。
国境を守り続けた歴戦の将軍。
クレオパトラは一人ひとりと面会し、知識だけでなく、人柄や志も見極めた。
「国のために何ができるか。」
その問いに真剣に答えた者だけが登用された。
数日後、新しい国家組織が発表される。
国家再建評議会
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農業長官
灌漑施設の整備、穀物増産、農民支援を担当。 -
財務長官
税制度の見直し、国庫管理、汚職対策を担当。 -
商務長官
港湾整備、交易促進、市場の活性化を担当。 -
建設長官
道路、橋、港、倉庫など公共事業を担当。 -
法務長官
法律の整備と役人の監察、腐敗防止を担当。 -
軍務長官
軍の再編成、装備の更新、国境防衛を担当。 -
学術長官
アレクサンドリア図書館を中心に、教育と研究を推進する。
評議会の最後に、クレオパトラは全員を見渡して語った。
「皆の目的は、王家の繁栄ではありません。」
「エジプトという国を、再び世界で最も豊かな国にすることです。」
幹部たちは一斉にひざまずいた。
「我らの知識と力を、王国のために捧げます。」
こうして、能力を重視した新しい統治組織が誕生した。
古い慣習に縛られた王国は、少しずつ変わり始める。
しかし、その改革を快く思わない貴族や既得権益を持つ役人たちは、水面下で反撃の機会をうかがっていた。
エジプト再建への道は、まだ始まったばかりであった。