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【肺せんにかかる】
波
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19歳(大正3年・1914年)



大阪電灯で幸之助さんが配線工として携わった大きな電気工事には次のようなものがあった。


まず、堺市浜寺公園の海水浴場のイルミネーシヨン(明治45年)。



これは当時としてはたいへん珍しい点滅広告で、


職工15人の1人として2カ月ほど泊まり込みで工事にあたっている。


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次いで新世界の通天閣(初代)の開業直前の工事に参加し、10日間ほど通天閣の天井で暮らしている。

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また、芝居小屋であった芦辺劇場が映画館に改装されるにあたっては、三組の工事人の総責任者を命じられた。

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幸之助さんは持ち前の責任感で、半年にわたる工事期間中、


息を抜く間もないほど仕事に打ち込む。


しかし、年末の開館日に試点灯が間に合いそうもないとわかると、


幸之助さんは最後の3日間、一睡もせず徹夜作業を敢行、無事試点灯をすることに成功する。

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ところが、寒風吹く屋外工事での無理がたたり、生来身体が弱かった幸之助さんは、



ほどなく肺せんカタルにかかってしまう。

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高峰関二郎が思いますのは、仕事に打ち込む方であったことから、価値観をみいだされたのではないでしょうか?


高峰関二郎は、幸之助さんの姿勢に感服するところです。


ありがとうございます!