戦後に入って大会も元に戻った。そして猪谷千春最強時代へ

 

猪谷千春、第28回・第29回連覇

 戦後3大会目となった第28回、そして第29回と実施された種目は「アルペン複合」のみだったが、運営に余裕がでてきたこともあり、富良野で行われた第30回大会以降から滑降、回転、アルペン複合の3種目が行われるようになった。冬季オリンピックにアルペン競技が採用されたのは1948年(昭和23年)だが、終戦間もない時期であり派遣対応できずに不参加。しかし、アルペン競技実施2回目となった1952年のオスロ(NOR)大会のはじめて選手を派遣した。

 選手は、当時国内では無敵の猪谷千春、もうひとりは北海道の水上久だった。この初陣の大会で猪谷は回転11位、大回転20位、滑降24位と技術系種目では十分通用する成績を残して希望を持たせた。第29回、第30回と高校生の斉藤貢(小樽桜陽)が社会人に交じって大健闘、東洋高圧の金丸睦郎は回転、複合の2冠を獲得した。

28回全日本スキー選手権大会

1950年(昭和25年)/山形県・米沢市

 男子 複合・成年/猪谷千春(長野県)  女子 複合/木谷初子(北海道)

    複合・少年/板井喜一(新潟県)

    複合・壮年/次井 晨(新潟県)

29回全日本スキー選手権大会

1951年(昭和26年)/新潟県・妙高高原町  

 男子 複合・成年/猪谷千春(志賀高原) 女子 複合/寺岡敏子(三馬ゴム)

    複合・少年/斉藤 貢(小樽桜陽)  

    複合・壮年/久慈定雄(函館定温)

30回全日本スキー選手権大会

1952年(昭和27年)/北海道・富良野市

 男子 複合/金丸睦郎(東洋高圧)    女子 複合/寺岡敏子(三馬ゴム)

    滑降/斉藤 貢(小樽桜陽)       滑降/寺岡敏子(三馬ゴム)

    回転/金丸睦郎(東洋高圧)       回転/富山トヨ(大鰐スキー倶楽部)