上水道の歴史について

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上水道に関する歴史のブログ

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水道のルーツは古代地中海沿岸諸国とされる。
当初は、深いところにある井戸の水を遠くに運ぶための
水路であったと考えられている。

古代ローマ人は後世「ローマ水道」と呼ばれることになる
巨大なネットワークを構築したが、中世以後衰微する。

日本では、16世紀半ば、北条氏康の小田原支配時に早川から水を引き、
小田原城下に飲用として供した小田原早川上水が最古の水道と考えられている。

豊臣秀吉の小田原征伐に参陣した諸大名たちは、
この上水を見て、自領の上水開設の参考にしたものと考えられている。

徳川家康もその一人で、
1600年頃の江戸の都市建設のために井之頭池から引いた神田上水をはじめ、
その後、玉川上水、千川上水などが江戸の町に引かれていった。

現代から見れば、浄水施設や各戸給水がないという問題点があったものの、
当時世界でもっとも進んだ設備を有していた。日本で現在も使われている最古の水道は、
熊本県宇土市に在る轟水源を水源とする轟泉水道で宇土藩初代藩主細川行孝が
造り寛文3年(1663年)に完成したものである。

始めは丸い土管の水道管で造られていたが、
完成後100年程して6代目藩主細川興文のとき丈夫で
長持ちする石の水道管に改修され今日に至る。


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