豊臣秀吉の辞世の句の一節をタイトルとさせてもらった。
この句、
昔から妙に好きな句だ。
戦国の武将達はそれぞれに辞世の句を詠っているのだろうが、
これほどに有名で、
僕なんぞの心を惹かせる句がそうはあろうか。
正直、農家の小倅で文字もろくに書けなかったと言われている
秀吉にこれだけの句が書けたのだろうかというと
僕は疑問に思っていたりする。
しかし、反面は秀吉ほどの天才は
研ぎすまされた感性で歌を詠んだのではないかと信じている。
さて、今日は夢について書きたかった。
もう、あまり聞くこともないフロイトの夢分析。
深層心理を知るための何とかかんとかで、内容については
よく覚えていないし、今となっては特に興味もわかない。
かれこれ、
学生の頃に聞いたときは、
夢分析をするために枕元にメモを置いて
起きたらすぐに夢の内容をメモをするということだった。
若い頃は夢をあまり見なかった。
いや、見たのであろうが、起きたときには何一つ覚えていないことが多かった。
そのことは、それだけなんの心配もなく、エネルギッシュに寝ていたのかもしれない。
いまはどうであろうか。
今朝は夢を見た。
というか、このブログのネタに何を書くか
けっこう毎日考えあぐねているせいか、
今朝起きたときに「この夢を書こう」と決めていた。
決めたくせになかなか書かずに
夜までそのままとっておいた。
案の定、
朝は鮮明に覚えていた夢の内容も、
どんどんとほころびていく。
たしか、大きな川が流れていて、
そこには軍隊の装甲車が何台もあった。
ところがその土台となっている部分を象だかカバだかが引っ張って、
それらの装甲車はみんな川に流され、川の土手が一部決壊しててしまったのだ。
その脇に現地の子供達が、
農業用の貯水池が空になり灌漑用水がないと嘆いている。
その子供達に
僕は
「なに心配することはない。水はもう裏道を溢れるほど流れている。
農業にはその水を使えばいい。だから、この貯水池には水を張って、
プールとしてみんなで遊ぼう。」というと、
みるみる立派なプールになっていく。
そんなところで
夢から目が覚めた。
多分、テレビで中国の軍事パレードを観たことが
夢の一部にでているのであろうが、
夢とはいえ、何とも脳天気な世界だなぁと思う。