午後3時。見上げた北東の空には、虹。
小春日和の午前中とは打って変わって、
冷たい北風に運ばれてきた雪雲が西の山にかかり、
雪に成り切れなかった細かい時雨が、
傾きかけた陽に照らされて虹を生む。
本当にこの辺りは虹がよく架かる。
例えば、
デートをしていて、カフェに入ったとする。
席に座り、飲み物を頼み、目の前には愛しい人。
何を話そうか。
さっき見た映画の感想。おろしたてのスニーカーのこと。
昨日友だちとウケたエピソード。奥に座っている妖しいカップルについて。
もっともっと話したくて、こうして時間を作って会っている。
そこへ、誰かが近づいてくる。
そいつはヒトなのだけれど輪郭がぼやけている。
全体にノイズが掛かっていて、顔も性別も年齢も分からない。
笑っているのか泣いているのかも分からないが、ヒトであることは間違いないようだ。
ただ、不気味だけれど恐怖を感じるほどではない。
あえて名を付けるなら、影。
影は至極当然のように、あなたの恋人に近づく。
すると恋人は、怪訝に思うあなたとは裏腹に、至極当然のように影と話し始める。
楽しそうに話す、恋人と影。
呆気に取られて、あなたはただ茫然と、その不思議な光景を眺めるしかない。
不気味だけれど恐怖は感じないし、何より恋人は不気味とすら思っていないようだから。
何を話そうか。
そうか、話さなくてもいいのか。
恋人は影と話しているのだから。
ではなぜ、今、ここに、自分はいるのだろう。
影の正体は、ケータイ電話。
僕には、こう見える時がしばしばある。
だったら、僕は不要じゃないかって、思う。
うちの爺様は電話魔で、腹が立って仕方がない。
しかも妙ちきりんな男で、ただただ電話をかけまくる魔ではなく、
「目の前にいる人に、自分が電話をかけている姿を見せたい」魔という、
すこぶる厄介な性質を持っている。
場の会話が盛り上がっている最中にいきなり電話をかけ始め、
「おお〇○か、今大変盛り上がっていてなぁ、楽しいんだワシは今」とか、
食事中にいきなり電話をかけ始め、
「おお〇○か、こないだはありがとう。あれはどこの土産だい?」とか、
目の前にいる人はおろか、かけられた相手にも迷惑千万なことをやりやがる。
ああ腹立たしい。
何だアレは。全く理解し難い。
しかも、食事中にやり始め、勝手にしろと僕はさっさと食べ終わり、
自分はまだ食べ終わらないという状況になって、
なぜ席を立った僕に不服そうな態度を取るのか。
ああ腹立たしい。
いい歳をして、こんな愚痴を言う僕が如何に稚拙かは置いといて。