道後温泉。
愛媛県松山市に湧出する、日本三古湯の一つ。
その歴史は古く、日本神話では少彦名命(スクナヒコナノミコト)の病を癒し、
風土記や日本書紀などの最古級の文書では、
聖徳太子を始め中大兄皇子など、数々の皇族が療養のために訪れている。
また、史実的にも、3000年前の縄文時代の土器が付近から出土しており、
遥か太古の時代から、人が利用してきたことが明らかな温泉である。
そして、『坊ちゃん』である。
1884年(明治27年)に落成した道後温泉本館は、
翌年に松山中学に赴任した夏目漱石のお気に入りとなり、
不朽の名作『坊ちゃん』の舞台となった。
その近代和風建築の斬新なデザインと、『坊ちゃん』の普遍的な魅力により、
道後温泉のシンボル的存在となった本館は、
百年後の1994年に重要文化財に指定されている。
「おい。もう陽が落ちたが、温泉街らしき景色じゃないぞ」
「うむ。普通に市街地って感じだな」
「ここに来て、ナビが間違ってるってことはないだろうな」
「新しいマンションとか店舗とかばかりで。もっと温泉街風情があったはずだけど…」
「やめろよ。もう着くはずだろ?ってか着かないとおかしい時間だ」
「青看板出た!ここを曲がって…あ」
「何だ?いきなり温泉街が現れたぞ…」
「タイムスリップ感あるなぁ」
「ギャップっつーか、曲がり角一つで景色が全然違うな」
「まー兎にも角にも到着だ。温泉に飯だぞ」
「直行してなかったらどうなってたことか。なぁ?」
「…。」
「寺に寄らないで良かっただろ?ん?」
「…ですね」
休息無き克己心は、持続可能性が低い。
我々の魂は健やかである。
本日の宿。和風エントランス。
道後温泉本館まで徒歩1分かからないくらい。
そして純和風の部屋。
チェックインを済ませ、夕飯時間を確認し、いざ温泉へ。
宿から歩いて見えてくる本館北側。
木造3階建ての大屋根に、赤いギヤマンの塔屋が光る。
その上に立つのは、開湯伝説の白鷺。
そして西側玄関。この唐破風屋根がザ・道後温泉のイメージ。
玄関棟は1924年(大正13年)に増設されたもの。
本館は、各時代に増設・改良を繰り返し、現在の姿になっている。
道後温泉本館の入浴には等級があり、
1階が「神の湯(かみのゆ)」、2階が「霊の湯(たまのゆ)」。
泉質は同じだけれど、浴室に使われている石などで2階が上等。
この夜は銭湯のように入る「神の湯・階下(休憩なし)」に。
だって、夕飯が待ってるし。
中の様子は、まさしくレトロ。
脱衣場も浴室も、出来る限り元の姿を残す努力が見受けられる。
ラヂオ屋は仕事柄、「この電気配線、維持するのは大変だ」と、
感心というより心配をしてたけど。
一っ風呂浴び、夕飯指定時刻まで時間があったので商店街をぶらりと歩く。
もう閉店してる店ばかりだけれど、明日のための下見。
古くからの名物に加え、今どきのスイーツなどの土産屋を眺めながら、
浴衣に丹前、下駄をからから鳴らしての湯上り散歩は、ちょっと漱石気分だった。
これは新しく作られた別館「飛鳥乃湯」。
本館から200mくらいにある。入らなかったけど。
散歩から戻り、舌鼓。
なんとかの間という贅沢な小部屋に用意されて。
後ろの床の間、2畳分あるんだけども広過ぎないかい?
ほご(カサゴ)の煮付け。超美味しかった。
土佐から伊予へ。
強行突破の冒険と、いい湯に美味しいご飯と御酒。
部屋に戻ればもう、布団が敷いてあり、後は寝るだけ。
極楽じゃーと大の字に倒れ込む。
「最高だな」
「うむ。極楽だ」
「しかし、我が情報網によれば、道後温泉は歓楽街も最高だと聞く」
「へぇー」
「男二人で道後に行くのなら、是非遊んで来たまえと」
「そうなんだー」
「…全くその気がないな、お前」
「いいよー。遊んでおいでよー。僕ぁ構わないでいいからー」
「…何たる体たらく」
「だからー、遠慮しなくていいってばー。僕ぁもうお眠なんだからー」
「…お前を見てたら、やる気がなくなった」
「きっと伊予美人が待ってるよー」
「そんなだから独り身になるんだ」
「君よりはマシだねー。僕ぁ1回は経験してるものー」
「…。ダメ人間め」
「お前が言うなー」
「何でダメ人間と布団並べて寝なきゃならないんだ。次は部屋を別々に取れ」
「寂しいだろー。修学旅行で別の部屋はさー」
「寝ろ。俺は伊予美人の夢を見る」
「おやすみー。いい夢見ろよー」
こうして毎回布団を並べて夜は更けていく。
我々のマドンナは夢の中。
眠。否、南無。