夢を、見た。


今日は少し疲れていたようで、いつもより早く、眠気が来た。

だから、素直にベッドに入った。


それなのに、今、夢を見て、目覚めてしまった。

小説のように、「ああ、夢か」と。



父と甥と、僕は家で談笑している。

たわいもないこと。

ごく在り来たりな、日常の景色。


ふと外を見ると、小雨が降ってた。

夏の午後の静かな雨。

会話しながら、僕は「雨が降り出したんだな」と、

窓の外をぼんやり見てる。


どこかで、僕を呼ぶ声がした気がした。

父も甥も気づいていない。

気づかず話しているから、僕も気のせいかなと思う。


「・・・お父さーん・・・」


やっぱり、声が聞こえる。

長男の声だ。

変声前の甲高い声。


僕は耳を凝らす。

父の声や雨の音の中から、長男の声を探す。


もう一度、聞こえた。

何を言ったかは分からない。

でも、間違いなく、長男の誰かを呼ぶ声だ。


僕は、立ち上がった。

父も甥も、突然立ち上がった僕を、不思議そうに眺めてた。

僕は二人を置いて、階段を駆け下りた。


玄関に、ランドセルが、雑に投げ出されている。

学校から帰ってきた時に、よく見た景色。

ただ、今の暮らしにはあるはずがないモノ。


玄関の戸が開けっ放しになっている。

小雨が、まだ降っている。

見れば、ランドセルも、しっとりと雨に濡れている。


僕は、開いた玄関から首を出して、辺りを見回す。

「どういうことだ?」

状況が把握できないが、心配だけが先走る。


「お父さん」

ふいに、後ろから声が聞こえる。

振り向くと、玄関のホールに長男がいる。

風船を、ぽん、ぽん、と浮かべて、遊んでいる。


「どうしたんだ?」

僕は困惑したまま、問う。

風船を弾きながら、至って普通に遊んでいる長男。

「歩いて来た。3人で」


驚いた。

そして、ホールを見回すと、次男と長女も、いた。

首をうなだれて、隅っこに座っていた。

雨の雫が、二人の前髪から滴っている。


何をやってるんだ。


心の中で、叫んだ。

誰に対してなのか、分からなかった。


「どうしたんだ?」

僕は冷静を装い、ゆっくりと長男に問う。


その言葉の緩さに、次男と長女がゆっくりと僕の方へ来る。

叱られた時に、無言で寄り添おうとする、甘えの姿。

僕は胡坐をかいて、二人を抱き寄せる。

雨が染みてきて、胸が冷たい。


長男は風船を弾きながら、答える。

「何かね。来たくなった」


遊びながら答えるのも、詳しい理由を話さないのも、

長男の甘えたい時のサインだ。

変わらないな、僕は静かに思う。

長男の髪からも、雫が滴っているのに。


次男と長女は、頭を僕の胸に抱かれたまま、何も言わない。

きっと、長男に「行こう」と言われて、着いて来たに違いない。

寂しさと後悔が、伝わってくる。


僕は、どう受け入れるべきか、戸惑っていた。

叱るべきなのか、迎え入れるべきなのか。


分からなかった。

分からないまま、寄り添っている子供の頭を、撫でる。


何でこんなことに。


ただ、濡れた髪が早く乾けと、頭を撫で続ける。



そこで、目が覚めた。

「ああ、夢か」と。


分からない、夢。

ただ、あまりにも鮮明な夢。


こんな所に書くことではないとも思う。

でも、忘れたくないと書いている。


もう少し非情になるには、まだ時間がかかりそうだ。