本日は久々の書き込みです。しばらく記事を更新しておりませんでしたので、ちゃんと生きているかどうか心配してくださった方もおられたようです。ご心配なく、ちゃんと生きておりました。ただ昨今受診される方々も北海道から沖縄までさらにはたまに海外からと広範囲となり、連日の手術をこなして、文章など書く気力はなかなか残っていませんでした。一方受診される方々の中には、既に著名なあるいは権威ある生殖医療施設での説明不足から治療への希望を失いかけた方々もおられ、そうした方々に接した結果、本日奮起させていただきました。そこで昨今世を騒がせているニュースの解説からスタートです。
 ご存知のように有名企業のデータ改ざんや粉飾決済などの報道が連日のようにされています。有名デザイナーまでデザインの盗用が疑われてロゴ作成のやり直しになりました。こうした不正は営利企業のみならず、医学においてもこれまでたびたびありました。著名大学などでの医学研究不正も後を断たないことから、文部科学省が研究不正に対する告発窓口を設けました。一般の方にとってもSTAP細胞の捏造疑惑は記憶に新しいところです。しかしSTAP細胞の発見が報道された際には多くの人々が大発見だと浮かれていたのではないでしょうか?それはSTAP細胞の報告が世界的な権威とされる科学雑誌natureに掲載されたからです。科学雑誌の投稿においては査読という審査の過程があり、そこで掲載されるかどうかが決まりますが、その査読制度が機能していなかったのです。これは昨今世間を騒がせている建築設計データ改ざんに対する企業や行政のチェック機構が働いていなかったことに共通しています。すなわちこうした背景には審査や評価が必ずしも第三者に行われていない実態があるように思います。一方で人々は有名な不動産会社だから、一流の自動車メーカーだからとかいう権威やブランドへの信頼を基に自らの行動を選択してしまっているのではないでしょうか?
 ここまで大手企業や著名論文に騙されてしまったのは、人間は権威やブランドにいかに弱いかということを示しています。しかしこの権威やブランドへの人々の盲信を利用することこそ現在日本における商売を成功に導く戦略とされているのです。◯◯シェフ監修、◯◯大学共同開発、◯◯豚の生姜焼き、こだわりの◯◯、期間限定の◯◯、などなど、世の中の商品をいかにプレミアム感やブランドイメージで売り出すかに躍起になっている例は巷でもよく見受けられます。
 実は生殖医療の分野でもこの権威とブランドへの依存が急速に浸透してきています。ブランド化を目指す高度生殖医療施設は都市の一等地のビルに豪華な内装と設備を誇り、◯◯教授外来などのプレミアム外来を設置し、初診料や手術費用を公的診療費用とは比較にならない金額を私費で設定しています。誠に遺憾であることは男性不妊診療まで高度生殖医療施設のブランド化に利用され、一部の男性不妊専門医がそうした流れに同調し始めていることです。
 さて、先日地方にありながら全国的に有名なレストランでランチしてきました。予約してくれた方の話ではこの店ではランチの予約をとるのに数ヶ月かかるそうです。そこのシェフは経営者としても敏腕らしく、講演で全国的にも走り回っているようで、また東京の都心にも出店しているそうです。その数週間後、知る人ぞ知る、別の地方の隠れ家的なレストランでランチをしてきました。そのレストランはナチュラルガーデンに囲まれ、余裕のある店内には陶芸作品が展示され、グランドピアノまでおいてあります。どちらのお店も素材は厳選され、素材の良さを最大限に引き出すのに妥協は存在せず、芸術の域?に達したお料理でしたが、2つのレストランでの食事には大きな違いがありました。初めのレストランではお料理は間髪いれず次から次へと運ばれてくるため、食べるのに一生懸命にならざるを得ませんでしたが、後のレストランでは時間がゆったりと流れ、舌以外の五感を満たすことができたのでした。
 生殖医療にも同じ事が言えるのではないかと思います。ブランド化された施設を受診してより高い診療費を支払っても、機械化されたベルトコンベアーに乗せられたような診療が一般的です。患者さんはブランド化された施設を受診してもブランドとして扱われることはありません。しかし多くの患者さんは良い結果とともに自分を特別に大事に扱って欲しいをいう潜在的な欲求があるからブランド化された施設を遠方でも受診したがるのです。中にはお金に糸目をつけない方もおられますので、一部の私立医療施設では待ち時間無し完全予約制の著名医師による私費診療を始めるところも出てきました。いささか品のない言い回しですがこうした肩書きを持った医療者は客寄せパンダと言われています。
 こうした流れは米国の医療を追従するものですが、問題は一般の方々にとって自分の担当医の医師としての力量(技術力、知識、経験、コミュニケーション力、人間性)を肩書きや著名度すなわち権威とブランドでしか判断する材料がないことです。しかもその権威やブランドはそれまで受診された患者さんの方々がフィードバックで築き上げたものではありません。権威やブランドは様々な政治的或は営利的な目的で造られていることが往々にしてあるのです。
 日本には“正直者は馬鹿をみる”ということわざがあります。その一方で欧米では” Honesty pays in the long run.”(正直者は最後には徳をする)ということわざがあります。前者は消費者視点で後者は経営者視点と言えるかもしれません。今、生殖医療従事者にとって大事なことは経営コンサルタントには間違っていると言われかねないのですが、権威主義やブランド化ではなく、Honesty pays in the long run.と考える品性です。しかも嘘を言わないことだけが正直であるということではありません。
 次回は無精子症に対してMD-TESE/micro TESEを実施して精子が回収されなかった方々に救済療法を実施して妊娠成立に至った臨床研究についてとりあげます。