私年代の人は知っていると思いますが、スマホが普及され、SNSがまだ一部しかしていない時期、ネットを利用する人はちょっと大人になりきれてない、みたいな嫌味な表現がありました。
現実で友達がいないか少ない、充実してない(リア充じゃない)、不満をネットに出したところで、見ている相手も不満しか持ってないのに、不毛なやりとりばかり、とかね。
これらは掲示板の話かな。
SNSは目立ちたがり、かまってちゃん、などがよく言われてて、私は利用するきっかけを失いました。そのうちSNSは市民権を得たようです。
今回の話は事実に基づいて、現時点ではまだ元バレさせない工夫をしています。もしかしたら知っている話の人がおられるかもしれません。
私はかなり現実で、その手の人に会っています。だって現実でリア充と誰しも認める人なんて1割か2割でしょう。その他が8割いるなら、何かしらそれぞれあります。
大きく二分して、自覚がある人かない人か、です。自分がこうするのが好きだけど、それは現実の他人からはよく思われないから、見えないネットでするという人。
こういう人は現実で、きまじめでストレスをためやすいです。現実逃避でほどほどにネットを使うならいいんじゃないでしょうか。
問題になるのが自覚がない人で、ネットでも現実でも同じ、わがまま自己中、自分の価値観押しつけ、自分視点でしか物が見えない、自己主張はしても、他人の意見は受け入れない。
現実とネットだと、より一層激しくなるのがネットなので、その点でネットにはこっちが目立つんだと思います。
前者の方は、ストレス発散に上手に使えるならいいんですが、きまじめでストレスをためやすい性格の人は、ネットでもストレスためるんですね。私は話を聞いていて、こういう状況になりそうな時に逃げるというか、何かしらあった時にはこうするという定番を持っています。
私の話ではなく、ある人のSNSへの過剰な反応、やめればいいのにと思うのに、やめることができない。最初は楽しかったようです。それがだんだんと、相手も人間なのでまるまま意気投合なんてしないし、よくある自慢大会の時に、その人は自慢できるものが少ない。それでストレスをためていってます。
人のことだとやめれば終わるのに、と言いますが、どっぷり一度浸って、その時楽しかった思い出があると、抜けにくいみたいです。その人は社会人で仕事もしています。
その仕事では上下関係が厳しいので有名、その人は年齢と経験がつりあってないので、同い年の人が上司、自分は平社員という立場。
現実でストレス抱えて、どこかで発散したかったから、ネットに逃げてバランスとっていたのが、だんだんとネットでもストレス。
私はネットじゃなくても、同じくの人は現実のそこらにいるから、わざわざその手の人が多いネットに行かなくても、と考えるんですね。そういう情報が先にあったからです。ストレスをもらいに行くようなもの。その人のは現実でいいづらいものがあって、それが言えるのはネットしかない、私にはわからないバランスがあったようです。
私よりほんの数年下ってだけなんですが、ネットでも有益な情報はあるので、ネットリテラシーに基づいて、信憑性などを判断しつつ情報を生かせることが、その年代は求められていたと思うんですね。私ら年代って数年の違いがネット利用を社会がどう捉えていたか変わりました。
自分がやってなくても、想像できるじゃないですか。ネットでも最初の出会いの時から暴言吐くなら、今ならあっという間に何かになっています。利用停止とか。誰もが避けるでしょう。
最初こそお互い、丁寧に挨拶したり、気配りしあったりがあって、だんだんと本音が出ていって、相手が不快になろうが自分の本音を優先するようになる、と。知った情報でマウント取りとか。
そのパターンだと思うんですが、その人も要領がよくなくて、嫌なら嫌だと言えばいいのに、言わないまま我慢してきて、突然、もう嫌だとばかりに暴言を吐いた、という顛末。
その暴言だけ見たら、誰が見てもその人が悪い、規約違反もいいところだし、特定の人に不満があるなら、その人に直メでもなんでもできるのに、アメブロの一般公開同様、誰でも見えるところにその暴言を出したんです。
よっぽどストレスためてたんだろうなとは思っても、そこで規約違反を問い詰められたり、もっと言うと、その行為は違法に相当するので損害賠償請求されても仕方ないものなんです。
今、そっちに話が流れているので、フォローするところはないかと聞かれましたが、ネットの言葉ってスクショで証拠取られたり、不特定多数が見てるので後で削除しても…。反省の気持ちがあったからとみなされたらいいですが、姑息な証拠隠滅と言われかねないです。
その人はそんなにお金に困っているわけじゃないんですが、いろいろあって、大金を一度に払えと言われたら困るんですね。
悪いことをした、言うにしても時と場所を選ぶべきだったと後ではちゃんとわかるのですが…。
ネットの落とし穴ですね。
ここは何しても大丈夫、という時代はとっくに終わっています。
そんなのその人もわかっていたのに、ストレスが爆発したら、見境ない行動をとってしまった、取り返しがつかない。
私もアメブロを読む書くを楽しみにしていますが、そこまでストレス発散していません。身バレ防止するなら、全部は書けませんし、他の人はどうかわかりませんが、自分があまりよくなかったものの話で鬱憤晴れません。
でも、その話を聞くと、その場所にしがみつくというか、そこしか自分の居場所がないと思っちゃうのがいけないのかな。その人だって、別のところで別の人との出会いも知ってるのに。
嫌な人というか、合わない人って絶対にネットでも現実でもいるので、そういう人にそれ以上近づけさせない言わせないとか、関わり合いはお互いが作っているので(一方的過ぎるのを除く)、不快になってきたなら、自分は不快に感じている、というのだけでも言わないと、絶対にいいことはないです。ネットなんて相手の本音が見えづらいので、言わないまま流されて、いきなり暴言じゃあ…。
その人の性質上、ずっと我慢できると思った、でも爆発してしまった、そういうことなんですが、意思表示をしてもいないのに、相手にわかるだろうと思っていただの、ちょっとネットを過信しすぎです。その人がその場所で仲がいい人は多くいるんですが、今回の件ばかりは、先に謝って大事にしないことを勧めたようです。
さらにネットでありがちだろうと思えることに、お互いがそれぞれ親しい人らと話をするだけ、火に油を注ぐこともしてるようなんです。
相手の悪口や事実かどうかわからないことを、友達Aさんがこれも公然と見える場所に出しています。Aさんから見たらそうでも、事実はどうだかまったく誰も知らないこと、さも事実ですと書いてるのをスクショ取られて、追加証拠とされています。このAさんが共犯となるか、その人がAさんに言ったとみなして、その元の人の賠償が増えるかで、弁護士問題もあって、たいていもとになった人にまとめるんです。
相手の人も他人に嫌がらせをしたことはないんです。人が知る限り。方向性や価値観の違いがあっただけで、どこにも本当の悪者なんていないんです。お互い、そんなに性格悪い人たちでもないのに、周囲がそんなふうに持って行ってるんじゃ、収拾はつきません。
その状態で相談されても、もう何もしないほうがいいです、が私の答えです。
要領がいいんだか悪いんだか、自分がしたことで他人がどう見るかというのはわかっても、今後のためにする最善はというのはわかってない…。
ネットにはまることは悪くはないんですが、一歩横には大変なことがあるんだというのは知ってないと、大人でもこういうことになっています。
いい人キャラっていうのも、演じきれないのなら、やめたらいいのに、一度始めたらやめられないとか言われても、義務でそうしろとなってもないのに、自分で自分を苦しめて、現実に影響させるなら、本当にネットのメリットなしです。
