後攻が強い、という構造の話


世の中には「後攻が有利になる構造」が確実に存在する。

例えば――
提案する側 と 提案される側
上司 と 部下
実務家 と コメンテーター
何かを提案する人は、「無」から「有」を作らなければならない。

一方、受ける側は、すでに提示された「有」評価するだけでいい。この時点で、両者は対等ではない。

提案側が背負うもの
仮説構築
前提設定
説明責任
結果責任

受ける側が持つもの
前提を壊す自由
論点をズラす自由
責任を負わない立場
だから、後攻は構造的に強い。
これは論破の話ではない。
そもそも同じ立ち位置で、同じ条件で、同じ議題を戦っていないのだから。
「受け」から始める人たち、いわゆる弁の立つ人たちを見ていると、共通点がある。

それは…
彼らは絶対に先に設計しない
ひろゆき氏やホリエモン見ればわかりますね(笑)

相手に話させ、
相手に前提を置かせ、
そこに穴を見つけて指摘する。
これは能力というより手法だ。

一定以上の頭の回転速度があり、論点の弱い部分を素早く掴める人にとって、この「受けから入る」立ち回りは非常に合理的だ。

ただし、それは「賢さ」とは別の話
ここで勘違いしやすい点がある。

頭の回転が速い
揚げ足を取るのが上手い
議論で負けない
これらは確かに能力ではある。
しかし、それが本質的な意味での知性と一致するとは限らない。

回転の速さは「処理能力」であり、揚げ足取りは「戦術」だ。

本当に頭が良い人は、相手の言葉を壊す前に、
構造そのものを把握し、再設計する

「賢い語り」とは何か?
個人的な評価ではあるが、本当に賢い人の語りには特徴がある。

受けに回らなくても成立する相手を崩さなくても、話が前に進む。
聞き手の思考が整理されていく、それは勝つための議論ではなく、理解を深めるための語りだ。

そういう語りに触れると、「頭が良いとはどういうことか」が自然と分かってくる。

まとめ
後攻が強いのは事実。
だが、それは立ち位置が有利なだけでもある。
受けが強い = 賢い
ではない。

構造を作れる人と、構造を壊すのが上手い人は、似て非なる存在だ。

この違いを意識できるかどうかで、議論の見え方も、人の評価も、大きく変わってくる。

このブログの内容を記憶して明日、いつも否定しかし無い上司との会話を楽しんで欲しい。きっとこのブログの内容に共感することでしょうウインク


余談
賢い語りとは…是非、「西尾幹二先生」の語りをネットで検索して聞いて下さい。論破者や揚げ足とりの人たちとは全く別格なのがわかるはずです。