地元で見つけました。
このパッケージ・・・懐かしいですよね。
私はこれで育ったも同然です。やっぱり牛乳は雪印ですね。
札幌にも売ってるのかなあ??
実家にあった弾けやしないエレクトーン。
母のものです。
私には才能がありませんでした。
母いわく、母は私にエレクトーンかバイオリンかバレエをやらせたかったそうですが何にも興味を示さず・・・選んだのが剣道でした。
3歳時に既に人生の選択を誤りました。
バレエなんてしていたら今頃私はスタイル抜群のミスJAPANだったのに。
いまやMISS JAPAN。
おばーちゃんは習字の先生。近所の子供に習字を教えていたのですが、半紙に絵しか書かない私は実の祖母にも習字を教えてもらえませんでした。
お琴も教えてくれましたが、私より先に私に教えることを挫折していました。
父はサッカーの先生。今も現役で自分もプレイしつつ、小学校の子供に教えています。ちなみに私は球技は全くもってできません。
一時期ほぼ強制的に帯広の女子サッカーチームに入れさせられそうになりました。
断固拒否。
ボール転がして何が面白いのかわかりません。
過去の栄光。
これでもほんの一部です。(私強かったんですよ?)
といっても剣道の女子の競技人口は少ないので簡単に表彰台には上がれるのです。
自分にとっての意味のある銀メダル以外は隠しています。
銀メダルはビリ以下です。屈辱的な色です。
2位なのに「よく頑張ったね。」の励ましは大嫌いでした。
3歳から道場に通い、小学校3年生くらいまでは毎日「行きたくない」と泣き叫び家のドアにしがみついてダダをこねていました。
無理やり練習に連れて行かれ、竹刀でたたかれ、痣だらけの青春時代。
高校までは毎日金縛り、朝目が覚めると体が動かず涙が流れていました。
練習をしたくなくて学校のトイレの窓から脱走。家に帰ったら連れ戻されるのでついでに家出。
ある日「今日はやる気がないので練習を休みます」と先生に言ったことがあります。
先生は「よく言った。そんな時はやっても実にならないから見学していなさい」と褒めてくれ、仲間からは「すごいね」と尊敬の眼差し。
2ヶ月後に同じことを先生に伝えたら、ぶん殴られました。笑
そんな時代を経て今の私・・・
昨日兄に言われました「お前は自信過剰でコンプレックスと肉の塊。」
どうかしてるぜ。笑


