仕事はそれほど忙しくもなかったので、定時で帰ろうと思えば帰れたかもしれなかった。
が、わたしとパートナーを組んでいる同僚のメールボックスがぐちゃぐちゃで、わたしからの報告メールが良く分からないそうな。
うーん、見れば見るほど、ぐちゃぐちゃだ。(苦笑)
で、勝手にフォルダを増やして、振り分けしてあげることにした。
本当は、ちゃんとルール付けして、あらかじめフォルダに振り分けされるようにしたかったけれど、フォルダごとに整理するだけで精一杯。
おかげさまで目も充血して、ウサギさん状態。
「まるで泣いたみたいですよー。大丈夫ですか?」
そんなにひどいっすか…。
お手洗いに行ってみると、ほんとに真っ赤。
とりあえず、コンタクトレンズを洗って、一時しのぎをしてみる。
自分のメールボックスは割りと整理されているので、見やすいと思うんだけど、彼のは相当ほっといたので、かなり見づらい。
来週の頭は、メインの仕事が暇そうなので、続きをやろうと思っています。
気付けば、10月もあと1週間。
あっという間に年も押し迫ってきますね…。
そうなると、だんだんと一年の総括をしたくもなってきたりして。
ここ何年か、楽しいこともたくさんあったけれど、割と漠然と日々を過ごしてしまったかもしれません。
もう少し目的意識を持たなくては。
なんだか、急にそんなことを思い始めてしまいました。
まあ、今年はいろんなことに気付いたり、目覚めたりもしたし、時期的に来年に繋がるかなと思ったりもしています。
人には、遅かれ早かれ、その時々のいろんな物事に適齢期があるような気がします。
今まで悩んでいたことが、急に受け入れられたり、すんなり分かってしまったり。
それまでは不透明だったことが、急にはっきりと形になって見えてきたり。
今までもそう思ってはいたけれど、今年ほどそれをはっきりと自覚した年もなかったかもしれない。
今年の残りの日々は、そういうことをきちんと考えたいと思っています。
今更ながら、買ってしまった「仕事力が楽しく身につく、とっておきのルール101」という本。
中身は、社会人をやってる人ならみんな知ってる、簡単で当たり前のことばっかりだけど、あえて買ったのは、戒めや確認のため。

わたしにとって、自らのモチベーションを高めたり保ったりすることは、仕事をしていく上でとても大切なことなので、どんな手段を使ってでも、モチベーションを上げることが必要不可欠。
でも、たまにはしぼんだり凹んだりすることもある。
そのたびに、クサってしまいそうになるのだけど、わたしがクサっちゃいけないだろうと思うので、誰かに話したら、きれい事ばっかり!と言われるのを覚悟で、手元に置くことにした。

実は、今まさに、クサっている人が職場にいる。
それは、確かに一緒に仕事をしている人も悪いと思う。
だけど、それを人のせいにして、自分も他人から見て一目で分かるほどクサってるのってどうなの?
そこでクサってても、全然楽しくないわけで、おそらくは仕事をする意義ややりがいも薄れちゃってるでしょう?
一番厄介なのは、さらに周りに影響が出て、そこからモチベーションの低い人たちの輪が出来るという悪循環を生むこと。
自分のモチベーションを下げるのは勝手だけど、他人のモチベーションまで下げないで欲しい。
これは明らかに、キャパシティの問題ではなく、モチベーションの問題…。

分かってはいるのだけど、わたしも自分のモチベーションを高めたり保ったりするのに精一杯で、他人のモチベーションを高めることは出来ないでいる。
だからこそ、わたしがクサっててはいけないと思う。
せめて、自分が他人のモチベーションを下げるような人にはならないように。
そのためには、わたし自身が気持ち良く仕事をすることが大事。
これはまさしく自分自身の問題。

どんな本を読んだところで、読んだだけですぐに身に着いたりはしない事もよく知ってる。
でも、何もしないよりもずっとまし。
ちゃんと前を向くことが大事だと思う。
そう信じたい。
今日は珍しく早く上がれて、本屋さんへ寄り道。
どうしても、最近の仕事の悩みを解決する本をやっぱり探してしまうのだった。
やっぱりね、やるからには、楽しくないとダメだと思うのね。
そのためには、もうのほほんと楽しいと思えていていい年ではない自分。
今までは自分の中だけで考えてきて、すでに結果が出たつもりでいたけど、本当の答えはまだまだ見付かっていなかったことに気付いてしまった。
何かが足りない。ような気がする。
その何かが自分にも良く分からないから、とりあえず基本に立ち返りたい。
何年もキャリアを重ねた今では、新人の頃の気持ちに戻ることは難しいから、基本中の基本を見直したい。
こういうコミットも大事なことだ。と思う。

帰りがけ、ドトールによって、クラシックバニララテを飲みながら、買った本に目を通す。
わたしの買う本は、あまりくどくどと書かれた物ではなく、軽く読めて、さらに核心を突いたものなので、ざっくりだとすぐ読めてしまう。
何事も基本が大事。
しっかりとした軸があるから、応用も利く。
だから、わたしはキホンのキが書かれたものしか読まない。
簡単だけど、大事なこと。
大事だけど、忘れがちなこと。
そういうことが書かれたものがいいと思う。
これはポリシーといってもいいかも。

先日見つけたデスクワーク向けの整理本は、知ってることから、目からうろこのことまであり、本当に良かったので、とある上司に見せたら、次に取り組むプロジェクトの場で使えると言って借りていったまま、まだ返ってこない。(苦笑)
でも、それだけ気に入ってもらえたということだから、よしとする。
これだけのことでも、なんだか認めてもらえたような気になれる自分がいるから。

最近良く「気づき」という言葉を聞く。
言われたときは、何をいまさら、と思ったけれど、わたしにとってはいまさらだけど、相手にとってはいまさらではなかったのであって。
ああ、そういうことを「気づき」って言うんだって、実感した。
わたしのようなものの発言から「気づき」を得てもらえるなんて、その相手のほうこそすごいなって、そう思った。
「気づき」なんて、その辺にごろごろ転がっている。
それを「気づく」か気づかないかは、その人自身にかかっている。
そんな気がする。
「モチベーションって、気にしたことなかったんですけど、minaさんがよく口にするので、すっかり耳になれちゃいました」
そんなことを言われました。
んー、そんなになじみのない言葉だとは思ってなかったんだけどな。

そもそも、このモチベーションという言葉にはどんな意味があるのでしょう。
「動機づけ、やる気、刺激、動機」
辞書を開けば、こんな言葉が並んでいるわけですが、わたしの場合は、やる気のための動機づけという感覚で、自らのやる気を増進するためのツールのひとつと考えています。
人にはそれぞれ、キャパシティ(能力)というものがあり、当たり前のことですが、その大小によって、こなせる量と質が決まってきます。
これは、技量の問題であって、仕事の出来不出来とはあまり関係がなく、元は個人の資質の問題と言えると思います。

では、キャパシティオーバーになってしまったときはどうしたらいいのでしょう。
正直、そんなときは、投げ出してしまいたくなりますね。
でも、それをぐっとこらえて、前向きに考えるならば、モチベーションを高めるか保つかしか、方法はありません。
逆に、モチベーションさえ保てていれば、キャパシティオーバーに陥っても、解決策を講じられるはずです。
物理的に無理なこともあるので、それなりに時間はかかってしまうこともあるでしょうが、モチベーションが高いときは、それをこなせた自分に満足感が生まれ、ストレスを感じません。

この、ストレスを感じないということが大事で、モチベーションを保てていれば、どんな仕事も気持ちよく仕事が出来、終わったときには、自分を褒めてあげた気持ちにすらなれます。
そういう時は、やることにも迷いがないので、自然と要領も良くなって、良いアイディアが浮かぶことも多いはず。
そんなの、自己満足だろうと思われるかもしれませんが、自己満足すら出来ない仕事が楽しいでしょうか。
自己満足出来たからこそ、その次には質を考えた仕事が出来るのでは。

仕事というのは、極めてパブリックな場ではありますが、そこにやりがいを見出せないとき、自己の存在すら危うい気持ちになってしまいます。
それでは1日最低8時間は費やしている時間そのものが無駄にすら思えてきますよね。
どうせやるのなら、楽しく。
それを実現できるのは、モチベーションを保てているから。
楽しく質の良い仕事をしている人だったら、多分周りからの評価は高いんじゃないかな。
理想論と言われればそうなのですが、実際にそういう人もいますから。
この辺は、個人的にもさらに努力が必要な部分ですけれどね。(苦笑)