『ただいまぁ…』
玄関を入り、靴を脱ぎながらシーンとした室内に向かって
俺はとりあえずそっと”ただいま”を言ってみた。
夜中の2時過ぎ。
部屋の中は真っ暗でキュヒョンはもう先に休んでいるようだった。
正直言ってちょっと安心した。
もし起きてたらあぁして、こうして…いろいろ頭に思い描いて
ずっとシミュレーションしてきたが、取り越し苦労に終わった。
電気を付けず、そのままソファーにドカッと座り
ふぅ~と大きくため息を付きながら背もたれに頭を預け上を向き目を閉じた。
”疲れた…”
じーっとしていると疲れた体が少しづつ弛緩していくのがわかる。
病棟の患者が急変したのでその対応で夕方から今までずっと追われ、
緊張していたのもあるが、それとは違った緊張感も相まって…
こめかみに手を当て、緊張がほぐれるようにと
くぼんだこめかみをグッと押したり、ぐりぐりと揉んでみた。
…怒ってるかな
そんなことを思いながら、とりあえずシャワーを浴びようと
大きく伸びをしながらソファーから立ち上がろうとしたら
目の前を遮る黒い影が目に飛び込んだ。
『うわっ!!!』
びっくりして大声を上げソファーの上に飛び乗った。
そしてそのままバランスを崩し、向こう側へ落ちてしまった。
…っ痛~
俺は腰を擦りながら背もたれからそっと頭をだし様子を伺った。
暗がりに目が慣れてくると黒い影の正体がわかった。
その黒い影はキュヒョンだった。
『あぁ~びっくりした~脅かすなよぉ~』
バクバク脈打つ心臓を抑えながら
立ち上がり、ちょっと裏返った声でキュヒョンに言った。
「…ウザい」
キュヒョンはそう一言いうとそのまま台所へ行き
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し
俺を無視してまたベッドルームに戻っていった。
…あぁ~やっぱり
俺は頭を掻きながらその姿を目で追った。
☆
ヒョンが帰ってきたのはわかっていた。
早々とベットに入って休もうとしたけど
頭が冴えてしまってなかなか寝付けなかった。
枕をギュッと抱え込みながらまんじりとせず
居間の様子を伺っていたのだが気配がなくなった。
まぁ、大方ソファーで休んでるんだろうと
別にほっといてもよかったのだが
それはそれで気になってベットをそっと抜け出し居間を覘いた。
案の定、ヒョンはソファーと一体化していた。
俺はベットルームから出て、ヒョンにそっと近づいて行った。
帰ってきたらどう声をかけるか頭の中でずっとシミュレーションしていたが
いざ帰ってきたら帰ってきたで、なんか声をかけるタイミングがつかめず
とりあえずヒョンの側まで近づいてみると、
伸びをしたヒョンがいきなり立ち上がり何をそんなにびっくりしたのか
一人慌てふためきソファーの向こう側に頭から消えて行った。
…え?大丈夫?なにやってんだよ
俺は一人でじたばたしてるヒョンを黙って見つめた。
脅かすなと言われて昼間の病棟での光景が頭に浮かんで
心配したのを後悔した。
そして”ウザい…”と一言残して、キッチンの冷蔵庫から
別に飲みたいわけではないミネラルウォーターを取り出し
大丈夫そうだな…ってさり気なく確認して
知らんぷりでベットルームへ戻った。
俺は別に怒ってるわけじゃなかった。
別に怒る必要もなかったし…
でもなんか、タイミングが…
それにしてもさっきのヒョンの驚きっぷり。
あれはヤバい!
思いっきり吹き出しそうになってしまった。
笑いがこみ上げてきて、とうとう我慢できなくなった。
ベッドにダイビングをし、布団をかぶって声を殺し、
お腹を抱えながら笑い転げた。
…あのヒョンの顔ったら!
これ以上ないってくらい目を見開いちゃって、
目ん玉が飛び出しちゃうかと思ったよ。
普段病院でクールに決めて誰からも憧れの的である
ヒョンとは全く違うあの様子。
普段して帰ってこない指輪までしっかりしてたのも
見逃さなかった。
みんなに見せてやりたいよ…
いやダメだダメだ。
誰にもみせるもんか。
あれは俺だけの特権だし。
そう思いながらうんうんと頷いてまたお腹を抱え
足をバタバタしながらベットの上を転げ
自分の指にもはまっている指輪を眺めるとますます…
…あぁ~ダメだ。
笑いが止まらない。
声を出さないで笑うって本当に苦しい。
俺の忍び笑いはしばらく続いたのだった。
******************************************
ちょっと短編。