全くヒョンには呆れた。
キスひとつで俺のことコロッとだませると思ってるんだから。
そんなわけないじゃんか。
しかもあんな…あんなキス…駐車場で…
焦るにきまってるじゃないか。
俺、思わず噛みついちゃったけど、
大丈夫だったかな…
って俺のせいじゃないし。
悪いのは俺じゃないし。
さっきからメッセも飛んできてるけど、全部無視した。
ヒョンのくちびるを噛んだ時の感触を思い出すと
不覚にもゾクッと背筋に電気が走った。
思わず口に手をやり、キュヒョンは自分で自分の唇をなぞった。
プ、プゥ~
病院への道をとぼとぼと歩いていたら
クラクションの音がしたので慌てて端に除けた。
やり過ごそうとしてその場に止まっていると
車がスッと俺の横に寄り、”なにやってんだ?お前”と
いきなり声を掛けられた。
ヒチョル先生だった。
…こういう時って一番会いたくない人に会っちゃんだなぁ…
こうやって。
そんなことを思って俺はがっくり肩を落としてため息をついた。
「お前…その明らかにがっかりしたって感じの態度、
ムカつくぞ。」
俺のため息が聞こえたらしく、ヒチョル先生が思わずつっこんできた。
「あぁ…えぇ…今、一番会いたくない人と会っちゃったからつい。」
思わず本音が口から出てしまった。
「はぁ?お前、ふざけてんのか?ヒョンに向かってその口か。
全くお前はシウォン以外のやつにはいつもそうやって…
いいから乗れ!」
「なんですか、それ…」
「ごちゃごちゃ言ってないで、乗れっつうの!」
言い出したら聞かないヒチョル先生のことはよくわかってるから
このままここで押し問答していてもしょうがないので
俺はそれ以上無駄な抵抗せず車に乗った。
車が静かに走り出した。
「これから出ですか?」
「いや、上がりのドンヘを迎えに行くとこだ。」
「ふ~ん。仲いいですね。相変わらず。」
「おまえさぁ、なんかそれ、トゲあんぞ。」
「別に。そんな気はないですけど?」
「ふ~ん。それより、それ、大丈夫か?」
ヒチョル先生が自分の左顎を指さし顎を付き出し俺に合図した。
「…?」
「シウォンもやったもんだなぁ~
そんなになるまで…」
「言ってる意味が…」
眉を寄せながらヒチョル先生を見ると”よく見てみろ”というので
バイザーをおろし、鏡を覗き込んで自分の顔を映し、
自分の唇が腫れ上がってるのをみて思わず声を上げた。
さっき、確かにいつもより激しくキスされたけど…
「うわっ!なにこれ!!」
まさかこんなになってるとは思ってなかった。
「お前気づいてなかったのか?アホかお前は。」
「なんか変な感じがしてたけど…なんだよこれ!!」
「本当にお前には驚かされるよ。まったく。」
ヒチョル先生はそう言うと俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「どうしようこれ…これって、みんなわかります?理由。」
「だな。それはごまかしようがないな。誰にやられたかってみんなが喜ぶ。」
「あぁぁぁぁぁ…もぉぉぉぉぉぉ!!!」
俺は頭を抱え、躰を折り曲げ。腿に額をつけて思わず叫んだ。
「お前だってシウォンに噛みついたんだろ?」
「え?なんで知ってるんですか?」
びっくりして頭を上げるとニヤリと笑うヒチョル先生と目が合った。
「”シウォン先生が唇を噛まれてた。” ”いったい誰がやったんだ。”
って、今、病院中のナースが騒ぎまくってるってよ。」
「なんでそんなこと…みんな暇かよ。仕事しろよ!」
「今ボケボケとその顔で出勤してたら、余計な憶測が飛んで
病院中大騒ぎになるぞ。」
俺は目をまん丸にしてヒチョル先生を見た。
「マスク持ってないのか?いつもしてるカラフルやつじゃなく
シンプルで目立たないやつ。」
「ないです。」
「ったく、つかえねぇ~な」
「先生こそ持ってないんですか?」
「ねぇ~よそんなの。とりあえず…どっかで…」
ヒチョル先生がウィンカーを出し病院への道ではない
脇道に入っていった。
☆
「ほら。これしとけ。」
ヒチョル先生がマスクを買ってきてくれた。
俺はとりあえずそのマスクをしてしのぐしかなかった。
なんだかんだ言ってもヒチョル先生にはいつも助けられてる。
今だって、俺一人でのこのこ出勤してたら大変だった。
ヒョンの方がばれている以上…考えただけでも恐ろしい。
車内はしばらく沈黙が続いた。
「ヒチョル先生が悪いんですよ…」
切り出したのは俺だった。
「え?」
「先生のせいなんだ。これ。」
「なんだそりゃ。」
「ねぇ、先生。先生とヒョン…
シウォン先生って…付き合ってたんですか?」
キィィィィィィ
ガッタン
車が急停車した。
「うわっ!危っぶなぁ~…びっくりしたぁ~」
「おい、キュヒョン。今のいったいどういう意味だよ。」
「いや…その、別に…もういいですから。」
「なぁ…」
「ただ、ヒョンの反応が…ちょっとカンにさわっただけなんで」
「おい…」
「俺には関係ない時期のことだし…」
「だから…」
「あぁ~でも、やっぱダメです。前にも言ったけど、ヒチョル先生はダメです。」
俺は前を向いたまま、膝の上に置いた手をギュッと握りしめた。