「こいつか?ウニョクにちょっかい出してる”ジンラク”ってやつは。」

目の前の妖艶な雰囲気を醸し出す男に突然そんな事を言われて
指をさされジンラクはフリーズした。
…この人はいったい何を言ってるんだ?
ジンラクは頭を捻りながら、ヒチョルの顔をジッと見つめた。
「ふ~ん…なかなかじゃねぇ~か…」
ヒチョルが鼻で笑う。
「先生、やめてくださいよ。そうやって初対面の人威嚇するの。
いつもダメってドンヘ先生にも言われてるでしょ?」
キュヒョンがシレッとした顔でヒチョウルを制した。
「そうそう。訳わかんないこと言わないでくださいよ。」
ウニョクが首を振り振り呆れた様子でヒチョルを注意した。
しかしヒチョルはそれをムシして尚もジンラクに詰め寄ろうとしたので
慌てたまぁいわゆる”いい男”のドンヘがヒチョルを連れて奥の席に連れて行った。
「レラ!いいからこっちこいって。」
「んでだよぉ。まだ話終わっちゃいねぇ~ぜ。」
…話終わってないって…なんの話しなんだ?
酔った頭でいくら考えても訳が分からない。
大体、初対面のヤツにあんこと言われるなんて。
”ウニョクにちょっかい出してるジンラクてヤツ”そんな事言ってたが…
…ウニョクにちょっかいって、なんだよそれ?
いつ出した?
それをいうならこれから出すつも…り…
いや、いや、何言ってんだ俺。
ジンラクはヒチョルに言われた事で余計ウニョクを意識してしまった。
胸のドキドキが大きくなって、息が苦しくなってきた。
「ジンラクさん。すみません。あの先生の事は気にしないで。
あぁ見えても本当はとってもいい人なんですよ。」
ウニョクがジンラクに頭を下げた。
「え?いや、あぁ。大丈夫。ちょっとびっくりしたけどね。
本当にみんな個性強くて…
シウォンがまともに思えてきた。
ははは。」
「ほんとだよねぇ~。みんな面白い人ばっかりだよねぇ~」
リョウクが楽しそうにはしゃいでいる。
その姿はとても成人男性の佇まいとは思い難く…
…いや、君もかなりのもんだから
ジンラクは心の中で突っ込みながら苦笑いした。
「すみませんでしたね。初対面の方にいきなり…」
イ・ドンヘと名乗った男がやってきて頭を下げた。
「あ、いえ。そんな大丈夫ですよ。」
「いつも怒ってやるんですけど聞かなくて…
あいつを本当の意味で怒れるのは
キュヒョン君だけだから。」
そう言うと、今までジンラクが見たことのないような
爽やかな笑顔で笑いかけられた。
ドンヘのそれは、自他ともに認めるシウォンのそれとも
さっきの妖艶なヒチョルとも
どちらかというとかわいらしいキュヒョンやリョウク、
そして輝くようなウニョクとも違っていた。
一瞬顔が赤らむのが自分で分かった。
「え?キュヒョン君が?」
ちょっと声が上ずる。
「そうなんですよ。だからちょっと連れて行っていいですか?」
「え?あぁ。いや俺は別に…」
「ドンヘ先生。何言ってんですか。それじゃ俺、相当こわいやつじゃん。」
キュヒョンが口を尖らせてドンヘ先生に言うと
”まぁまぁまぁ”と言いながら,
立ち上がったキュヒョンの背中を押して
ヒチョルの方へ連れて行った。
「ヒチョル先生って方、そんなにキュヒョン君に弱いの?」
ジンラクは残ったウニョクとリョウクに聞いた。
「うん、まぁ、あれ、弱いっていうのかなぁ。
キュヒョンが動じないっていうか…
なんか、ヒチョル先生前からキュヒョンの事、かわいがってて。
なぁ。」
「うん、ヒチョル先生、キュヒョンの事っていうか、
シウォン先生とキュヒョンの事が大好きだよね~」
ウニョクとリョウクが顔を見合わせてうんうんと頷き合う。
「へ~そうなんだ。」
なんだかみんな不思議な関係に思えてきた。
フッとウニョクがしている時計に目が行った。
「あっ、これ、いいでしょ?」
無言でしばらく見つめているとその視線に気づいたウニョクが
ちょっとはにかんだ表情で時計を触りながらジンラクを見た。
「とても使いやすそうだから…それ確か有名なメーカーの…」
「えぇ。よくお分かりですね。もらいもんですよ。
さすがに看護師の給料じゃ買えない」
そう言うとニカッ!と笑った。
「へぇ~、彼女にでももらった?っていうか
それくれるような彼女って仕事何してるんだって話だけど…」
「え?彼女?いや、俺、彼女なんていないんで…
って、言うか…なんて言えばいいのかなぁ…えっと…」
「あっ、言い辛い事きいちゃったかな?ごめんごめん。
そんな真剣に受け止めないで、ちょっとしたやっかみだから。」
「いや、別に隠してるわけじゃ…えっとこれね…実 「ヒョク!待たせたな。」は…」
いきなりウニョクを呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、トゥギ先生だぁ~!!」
リョウクが両手を前に突出し小刻みに手を振った。
「おぉ~、リョウク。もう少しせたらジョンウンもくるぞ!」
「ほんと?!やった!」
リョウクが嬉しそうに頬を染めた。
「あっ、なんだ来てくれたの?呼んでくれれば外に行ったのに。」
「いや、ヒチョル達も来てるみたいだったから。」
「うん。あっちにいるよ。今キュヒョンが説教してる。」
「説教?」
「うん。ヒチョル先生ったらジンラクさんに…あっ、紹介してなかったね。
トゥギ先生、こちらが例の厩舎のジンラクさん。
ジンラクさん、こちらはイトゥク先生。」
お互い”初めまして”と言いながら手を差出し、握手をした。
”痛っ”
イトゥクに思ったより強い力で手を握られジンラクはちょっと戸惑った。
”な、何?”
そして、なかなか手を離さないイトゥクに顔をジッと見られ
どうしたものかと変な汗が噴き出してきた。
「あ、あの…」
「あっ、すみません。うちのヒョクがお世話になったみたいで…」
…え?…うちの?
「い、いえ、お世話になったのはこちらの方で。
偶然にもこうしてお会いしてお礼が言えてよかったです。」
「そうですか。それはそれは…」
イトゥクがパッと手を離した。
手の平がジーンと痺れていた。
…えっと、俺、何かしたか?
ジンラクはしばらくの間思考を巡らした。
”うちのウニョクが…”
さっきのイトゥクの言葉が頭の中に響いている。
と、ある思いに行きついた。
あぁ~、そうか…そういう事か…
時計をくれたのはおそらく…
そうか、そう言う事か…
なんともはや…
一見穏やかそうなイトゥクが示す
ウニョクへの思いが切に伝わってくる。
斜め後ろにたつイトゥクのそんなオーラを
ウニョクは多分全く気がついてないみたいだった。
シウォンとは真逆な静なる激情。
…こりゃ参ったな。
ジンラクは目の前の2人を交互に見ながら、
苦笑いし、そして痺れたその手を首筋に当てふぅ~ッとため息をついた。