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「さぁ、これで良しと・・・。もう大丈夫だ。」
点滴の滴下の確認をしながらそう言ってイトゥクはキュヒョンの方を向き、
ニッコリ笑った。
その顔を見て初めてキュヒョンは安堵のため息を吐いた。
「シウォンより、お前の方が心配だなぁ。どれ、見せてみろ。」
そう言ってイトゥクはキュヒョンの額の傷を見始めた。
「まぁ、テープで押えておけば大丈夫そうだな。」
そう言ってウニョクからステリストリップを受け取り縫合した。
「よし、こっちもこれでオッケー・・・っと・・・ヒョク、明日消毒してやってくれ」
ウニョクは親指を立てた。
「・・・ありがとうございます。俺・・・」
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キュヒョンからの電話を受け、ただ事ではないと
ウニョクがイトゥクと駆けつけてくれたのは1時間程前だった。
ウニョクが玄関を開けると、先ず倒れているシウォンが目に入った。
そして、額から血を流しながらそのシウォンの半身を抱えながら
呆然としているキュヒョンをみつけた。
「キュヒョン!おい、キュヒョン!どうしたんだこれ、なにがあったんだよ!」
ウニョクも予想だにしてなかった情景に焦っていた。
「ウニョク、キュヒョンをまず中へ。傷これで押えて。」
イトゥクだけが冷静だった。
キュヒョンをウニョクへ任せてシウォンの全身状態を見始めた。
「キュヒョン。シウォンはどういう状態で倒れたんだ?」
「え・・・?えっと・・・玄関先でもつれてて、俺が押しのけたらそのまま・・・」
「いきなり倒れたのか?」
「えぇ、えっと、いや、あの、崩れ落ちるように・・・」
「じゃぁ、頭は大丈夫か・・・」
全身をチェックしてみたがどこも異常がない様だ。
「キュヒョン。こいつどのくらい寝てない?」
「え・・・?ほとんど寝ずにオンコールで出て行って・・・
帰れないって言ってて・・・その前夜勤だったし・・・
多分ほとんど寝てないんじゃないかと・・・」
「そっか。おいウニョク、手を貸してくれ」
ニヤリと笑ったイトゥクはそう声をかけた。
すっかり意識をなくしているシウォンは思いの他重かった。
毛布を簡易担架に見立ててシウォンの体の下にすべり込ませ2人で何とかベットに運んだ。
「イトゥク先生。シウォン先生どうしたんですか?」
額の傷を押えながら心配そうに覗き込んでいるキュヒョンに
上着を脱がせ、シャツの袖を捲りあげながら
「あぁ、こいつ?寝てるだけだ。ただただ寝てるだけ。」
イトゥクは笑いをこらえながら口をポカーンと開けている
キュヒョンの頭をポンポンと叩いた。
「ウニョク、点滴立てるぞ。」
そう言って手際よくシウォンの腕に針を刺した。
(寝てるだけ?寝てるだけって・・・何の病名だ?)
予想もしてなかったイトゥクの言葉にキュヒョンの頭は
すっかりフリーズしてしまった。
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「っつかさ、お前、自分が看護師だって忘れたのか?」
「え・・・?」
「意識なくした患者なんていつも相手してるだろ?」
「あ、あぁ・・・」
「ほんとびっくりしたよ。俺まで焦った。」
ウニョクが笑いながら言った。
「ウニョク、それは無理だよ。なんせシウォンは患者じゃなくて
キュヒョンの大事な人だからな。そりゃー慌てるさ。」
「いや、はぁ・・・」
イトゥクにそう言われるとなんだか恥ずかしくなってきた。
「シウォン先生相当疲れてたんですね。」
「こいつ、バカが付くくらいまじめだろ?研修医時代もよくやったんだよ。
自分の限界超すまで働きやがって。」
「なんかシウォン先生らしいね。」
「仮眠室でよくこうやって点滴立ててやったんだよ。」
そう言ってイトゥクは懐かしそうに笑った。
「まあ、病院で倒れる分には安心だけど、よくここまで先生来たよな。」
「ここに来てお前の顔見て一気に気が抜けたんだろうな。
直に目を覚ますだろうから心配するな。」
「はい。ありがとうございます。」
キュヒョンはベットで眠るシウォンを横目で見ながらやっと体の力が抜けていくのを感じていた。
「点滴も終わったら抜去してそれでおしまい。
後は優しくキスでもしてやればまた元気なシウォンに戻るさ。」
「え・・・?ふざけないでくださいよ・・・」
「いや、ほんと、それが一番効くって!!」
「バカなこと言ってら~・・・」
先ほどとは打って変わって穏やかな空気が部屋中に満ちていた。
「じゃぁな。キュヒョナ。俺の言ったことよく考えてみろよ!」
「あぁ・・わかってら・・・じゃぁな。今日はほんとすまなかった。助かったよ。」
ウニョクとこぶしを合わせ、ハグした。
「先生もありがとうございました。」
「あぁ、お安い御用で・・・じゃ、おやすみ。」
「はい。おやすみなさい.....」
そう言って2人は帰って行った。
「はぁ......」
大きく息を吐きながらソファーに身を投げたキュヒョンは
自分の立てた結論と葛藤していた。
ウニョクの言葉が、
シウォンの言葉が、
自分の言葉が、
頭の中で犇めき合ってざわついている。
「あぁ~もぉ~、わかんない!」
キュヒョンは頭をかきむしった。
「キュヒョナ......」
シウォンが呼ぶ声がして慌ててベットに駆け寄った。
「先生?大丈夫?」
呼びかけたが返事はなく、まだ眠っていた。
「寝言.....?か.....」
キュヒョンはそのまま腰を下し、ベットの端に顔を乗せ、シウォンの顔をまじまじと観察した。
規則正しい呼吸で寝ているシウォンの顔は
額、眉、まつ毛、頬骨、鼻筋、唇、顎.....すべてが完璧だ。
そっと指を伸ばしまつ毛に触れてみた。
そのまま、鼻筋をツーっと撫で唇に触れた。
その唇から発せられるちょっと低めの声はいつもキュヒョンの心をざわつかせる。
名前を呼ぶ声は、愛を語る言葉はいつも心をざわつかせる。
『頭じゃなくて心』
ヒチョルの言葉が頭をよぎった。
その時、キュヒョンの頭の中の複雑な計算式が答えをはじき出した。