母は少し頷いてくれるだけ。
時々痛みで顔を顰める。
母が会いたかった人。
母の祖母。
私の、ひいおばあちゃんです。
癌になった事を伝えていませんでした。
【必ず良くなる】
そう信じていたから‥
伝えられずにここまできてしまった。
【ともちゃん、おばあちゃん来たよ。】
私が伝えると、母は目を開けて
【おばあちゃん‥
来てくれてありがとうね。】と笑った。
しっかり、おばあちゃんの顔を見て。
病院着を整えて話をした。
(ともちゃん‥かわいそうに‥
ごめんね、おばあちゃん知らなくて‥。
変わってやれたらどれだけ良いか‥)
とおばあちゃんは言った。
【そんな事言わないで、おばあちゃん。
元気に長生きしなきゃいかんよ‥。】
母はそう言った。
叔父と奥さんも駆けつけてくれたけど、
もう話をする事が困難になってきた。
母の会いたい人。
中高の同級生達。
みんな仕事が終わったら来てくれる。
大好きな親友も、もうすぐ来る‥。
だけど、もう母は限界だった。
16時頃だったと思う。
【そろそろ、セデーション‥
お願いしてもらってもいい‥?】と母が言った。
(もう、いい‥?待てない‥?)
【うん‥もう、いい‥。】
(じゃあ、先生に伝えてくるね‥。)
16時30頃
【では、ミタゾラム開始します。】
みんな泣いていた。
【パパ。愛してるよ。】と母は言った。
パパも、泣きながら
【俺も愛してる】と返した。
ずっと側に居てくれた友人には、
【泣くな‥】と笑って頭を撫でた。
弟には
【パパの言う事聞いて‥しっかりね‥】と言った。
娘1には、
【ゆづ。大好き。】と言った。
私とは、目を合わせて、頷き合った。
もう、言葉を交わさなくてもわかる。
言葉以上のアイコンタクト。
最後の最後に、
【お母‥こっち来て‥】と母が言った。
最後の最後‥
眠る前に目の前に居て欲しいのは、
誰でもない、母にとっての母だった。
【ミタゾラム、入りました。】
その瞬間、母は目を大きく開き、
唇、爪が真っ白になり、
とても苦しんでいた。
私は急いで家族以外の人を病室から出し、
点滴や鼻の管を抜こうとする母を抑える。
目をギョロギョロさせて取り乱す母。
【ともちゃん!!どうしたの!!】
【これ本当にミタゾラムの量あってるの?!】
【何が眠る薬だよ!?話が違うやんか!】
しばらくしてから、母は
目を開けたまま、
息をする時に(アーー)と声を出しながら‥
眠った。
17時頃。セデーションがかかった。
目はずっと開いている。
苦しそうに声を出して息をしている。
私や家族が想像していたような
【眠るように亡くなる薬】
そんなのとは全然違った。
目がずっと開いていて可哀想なので、
生理食塩水を目薬のように入れ続けた。
18時頃。
友人達が病院に到着した。
みんなで病室に入ってもらって、
色々な話をしてもらった。
いつものように。
いつもの同窓会のように。
【ねぇ、〇〇太ったよねぇ。】
【ともみー、どう思う?】
1時間程してから病室から出てきた。
みんな、泣き腫らした顔だった。
あえて、普通にしてくれてありがとう。
そして私にこう言ってくれた。
【私の人生、ともみに出逢えて本当に幸せだった。】
ともちゃん。やっぱりともちゃんはすごいや。
そして、主治医が来て私たちにこう告げた。
【呼吸で、残りの時間がわかります‥
あと、数時間だと思ってください‥。】
病室に入り、ともちゃんの目を潤す。
何度閉じてあげても、閉じてくれない。
ともちゃんの温もりを感じる。
【痛かったね‥。辛かったね‥。】
【頑張ったよねー‥。ともちゃん。】
娘1が、全く病室に寄り付かないので、
一度病室を出て、娘1を見に行ったら
待合室で一人で座っていた。
【どうして、みんなと来ないの?】と尋ねると
【別に‥】と娘1が答えた。
【ばぁばと、もうすぐお別れだよ?】と言うと
【わかってる‥。】と悲しそうな声で言った。
娘1は、世界で一番ばぁばが大好き。
だから、最期まで見せなければいけないと思った。
3歳の子供に。と思われるかもしれない。
でも、もう会う事はできないから。
ばぁばの病気は治らなかったから‥。
20時30頃、👓も病院に到着した。
みんなで病室に入った。
20時40分頃、呼吸の間隔が開いてきた。
主治医が病室に来て、
【もしかして、先程皆さんお揃いになりましたか?】と聞かれた。
【はい、家族はこれで全部です。】と答えた。
母は、大きく息を吸って‥
もう息を吐く事をしませんでした。
【モニター上の心拍が停止しました。】と主治医は言った。
目を見たり、心音を聞いたりして、
【20時51分‥死亡確認です。】と主治医は言った。
20時51分。
ともちゃんは、みんなと会って‥
その時を待っていたかのように永遠に眠りました。