ジャックさんと私くん
ハロハロこちら感度は低め
注文一ついいかしら

今月のおすすめパンプキンタルト
こっくりパンプキンクリームにさっくりタルト
キリリとシナモン、苦めのキャラメル
深く深く眠り込んで、甘い甘いタルトの中で
ご主人の帰りを待ってます

土砂降り横丁のマダム・ターニップ
使いの者は月夜のカラス
パンプキンタルトにパンプキンプディング
恨みを晴らすように、パンプキンパレード開催中
奪われたマダムの小さな逆襲
カラスの足に括り付けた

可憐なキミは夢を見る
レースのカゴに閉じ込めて
愛しいいとしいバラの香を
黒猫お手製真っ赤な紅茶を
口に含ませキミの目覚めを待ちましょう

床に転がったジャックさん
くりぬき続ける私くん
売り上げは好調
部屋いっぱいに広がる芳醇な香りを

ご注文はお早めに
黒猫紅茶も残りわずか


お菓子の材料はそろいました
濃度80パーセントの愛情と
濃度20パーセントのエゴイズム

たった一つのほんとうは
タルトが一番美味しいってこと
散歩の途中に男がいた。
男は色んなものに囲まれて、ただジッと遠くを見つめて座っている。
ヒラヒラと舞う蝶、ぶいぶいと泣くぶた、甘ったるい匂いのバラ、刺激的な何にも触れずただジッと遠くを見つめて座っている。

『お隣よろしいですか?』
一言声をかけてみたが、聴いているのかいないのか。
おそるおそる私は少しはなれたところへと腰を下ろした。
ヒラヒラと舞う蝶は攻撃的に、ぶいぶいと泣くぶたは挑発的に、甘ったるい匂いのバラは侮蔑的に、私をキッと一瞥した。

居心地の悪さに、私はきゅっと身を縮めながらふと男の横顔を盗み見た。
相も変わらず男はただジッと遠くを見つめて座っている。
その先には何があるのかが知りたくて、そっと視線を辿ってみたのだが目の悪い私では、男が何を見つめているのかどうにも知ることは出来なかった。
何も見えないその先を、澄んだ瞳で、死んだ瞳で男は一心不乱に見つめている。

ふと私は閃いた。
きっとあの先には人がいる。
男はきっと人を見つめているのだと。
ならば私は人になろう、人になればきっと男は気付いてくれる。
視線さえくれなくとも、男の空気を分けてくれる。
人になりたい。
何物でもなく、私は人になりたい。
翅になりかけた腕を振り払い、ぶたになりかけた声を投げ捨て、根になりかけた足を引き千切って。
何もないまっさらな空間に私の願いがパンッと弾けた。
私は人になろうとそう思った。

ふと彼が此方に首を向けたような気がしたが、向けていなかったかもしれない。
そう願った故の思い違いだったかもしれない。

人見習いの私に知る術はまだなかったが、少し人に近づけた気がした。
穴が空いた。
地面か空かそれとも腹か。
わからないけど穴が空いた。
ぴたりとはまっていたソレは、一体どこへ行ったのだろうか。
あっても無くても変わらないソレであったはずなのに、ナくしてしまったと気付いた途端に慌てふためき泣き叫んだ。
ワンワンワンワン泣いて鳴いて。
ニャーニャーニャーニャー駄々をこねて。
そうして月が笑ったのち、うるさいなあとソレが笑った。
困ったように笑ったソレは、またゆっくりとぴたりとはまる。

ぐすぐすと鼻をすすると、とろとろと意識を失った。
明日はきっとぴたりとはまったままだろう。