お母さんに愛されたくて、

ずっとイエスマンだった。


結婚しても、

子どもができても、

それは変わりませんでした。



母が来いと言えば

都合をつけて会いに行く。

母の気持ちを察する。

母の望む良い子でいる。


それが当たり前で、

特に問題とも思っていなかった。




転機はお正月でした。


15人分の食器が、

目の前に山積みになっていました。


食べ終わるや否や、

母は親戚を誘って二階へ。

麻雀がしたくて、一刻も待てない。


「えっ、こんなにたくさんを、わたし一人で?」
その場では言えませんでした。


いつも一緒に台所で働く兄嫁も、

その年は偶然にも

麻雀のメンツが足りなくて、

母に手を引っ張られ

『まこちゃん、ごめん💦』と言いながら

麻雀台のある2階へと消えていく!



母の口癖は

『まこちゃんに任せておけばいい!』

娘なのだから

親に仕えるのは当たり前!

兄には決して言わない言葉をわたしには⁉️

そう豪語する母でした。


『えー?!!』💦と

びっくりして固まり、

その兄嫁の後ろ姿を見ながら


心の中で

「裏切りもの〜😭💦」


と思うだけで声にならない💦


家族親戚の男たちは気づかない。


小さな赤ちゃん抱いてる女達に

声をかけられない!


と当時はそう思い込んでました。


誰でも簡単に言えることが、

あの頃のわたしには

選択肢になかったのです。



パートの掛け持ち、

年末の大掃除、

実家へ持っていくおせち料理の仕込み。


身体にも心にも、

余裕など全くなかった年の瀬でした。



元気な時なら

15人分の洗い物なんて、

どうということもなかったかもしれない。


でもあの時は、ピークに疲れていた。




溜まった怒りは、

帰りの車の中で爆発しました。


夫も息子も聞いている中で、

『来年は絶対、

お正月に実家に行きたくない!』



そしてその

「お正月事件💦」

勝手に名付けている年、わたしは52歳。



お正月事件以来、

母からの電話に出たくない。

ザワザワしながら、出ない。


いつもならスッと出るのに、

出たく無い!

無視を決め込む!


ものの、
やったことがない反抗期に、

心はドキドキ💦しながら、


これがわたしの、

生まれて初めての反抗期でした。



不思議なことに、

その年が

スピリチュアルな目覚めの年でもありました。



自分の本当の気持ちって、

何だろう。


外側に合わせていた自分と、

嫌だという心の叫びが、

やっと聞こえてきた。



でも長年、

自分の心の声を

聞いたことがなかったわたしは、


それすら簡単にはわかりませんでした。



人の気持ちを察する

ことには長けていたのに、

自分の本当の気持ちがわからない。


随分と時間がかかりました。




続きは一つ前の記事

『心の隙間を、仲間で埋めていた頃のこと』で

お伝えしています。



心の奥に眠る本当のあなたをひらく
🌹セラピスト雅子より