
武信稲荷神社は、平成時代の初期、清和天皇貞観元年二月、西三条大臣といわれた右大臣左近衛大将 藤原良相公によって創祀された御社であります。その後に、藤原武信という方がこの御社を厚く信仰されたことにより、武信稲荷と称されて、創祀以来一千百余年にわたり広く人々に信仰されていたそうです。
御利益、御加護として、「家内安全、健康長寿、企業繁栄、商売繁盛、所願成就、病気平癒、交通安全」




武信神社の一本の大木を舞台にした、坂本龍馬とおりょうのロマンチックな口伝がある。江戸時代末期、龍馬は追って逃れるためおりょうと離れ離れの日々を送った。二人の思い出の場所でエノキの木肌に、伝言として「龍」の字を彫り、晴れて再会を果たし、愛をはぐくんだと云われています




春桃会
重陽












