毎朝、妻の遺影に話しかけたあと、花瓶の花を一旦抜いて水替えをします。
「花瓶の水替えと内部洗浄を毎日したほうがお花が長持ちしますよ」、と、お花屋さんが教えてくださったので、忠実にそれを守っています。
お花は毎週土曜日に宅配BOXに届けてくれるので途切れることはありません。
花瓶は三つ。妻はたくさんのお花に囲まれて眠っています。
周囲には彼女が生前愛用していた手芸の道具やミニトートバッグなど彼女が遺していったものを並べています。彼女がいつでも手に取れるように、そして、わたしと息子が彼女の息吹を感じることができるように。
さて、妻が旅立ったあと、何をすれば彼女のためになるだろう、彼女が喜んでくれるのはどういったことだろう、とずっと考えてきました。
彼女は手芸や多肉植物を育てること、多彩な料理を作ること、好きなアーティストの曲を聴くといったことが好きでした。
昨年二月に家族で行った奈良旅行でも妻は新幹線の中で編み物をしていました。
因みに、虫が知らせたのでしょうか、わたしはその時の写真を撮っています。
写っているねこ様のうち、小さい子は妻が寂しくないように一緒に天国に行っていただきました。大きい子は息子が枕元に置いて毎日一緒に寝ています。
この二人は彼女が特に気に入っていた子たちなのです。
以前、まだ未使用の毛糸が家の中にたくさんある、ということを書きました。
彼女が老後の楽しみとして収集していたものです。
この毛糸たち。
無論、捨てると言う選択肢はありません。
義姉が引き取ると言ってくれましたが、その選択肢もありません。
心情的に妻が遺したものは何一つ手放せないのです。
そうすると永久保管か、という話になるのですが、息子曰く、
「収納庫に入れてしまえば見えなくなる。捨てるのと同じだよ」
なるほど、一理ある。。
となると方法はひとつ。
わたしは編み物教室に通い始めたのでした。
彼女の残した毛糸たちを素敵な作品に仕上げる。
そうすれば、きっと彼女への供養になるに違いない、と確信したのでした。
早速、毎週土曜日の午前と午後に開催される教室に参加し始めました。
(当然に初心者講習会です)
しかし。。
すでに、三回の講習会に参加しましたが、あまりの不器用ぶり、出来なさぶりに、手先が器用と自負していたわたしは凹み気味。
左手の使い方が全然ダメで糸が安定しないのです。
先生はとても優しく、何度でも教えてくださるのですが、内心では
「なんでこんなに不器用なの⁉」
と思っていること間違いなし。
仕事柄、相手の表情を読むことに長けているわたし。
申し訳なさでいっぱいになるのでした。
ただ、絶対に諦めることは出来ません。
なんてたって家に帰ったら大勢の毛糸さんたち、しかも妻セレクトが出番を待っているのですから。
それにとても重要なことがあります。
妻は入院中に新しいねこ様を編んでいました。
新しいねこ様に関する最後のメッセージは、
「片足を編み終えた」(妻)
「早っ」(わたし)
頭と胴体はすでに出来上がっています。
片足を編んだところで、彼女の編み物人生は終わりを迎えたのでした。
作りかけのねこ様は今でも机の上で彼女の帰りを待っています。
遺作となってしまったねこ様はこのままの形で残しますが、編み図はあります。
残された編み図をもとに新たにねこ様を作る。
彼女が好きだったことを自分の中に取り込んで、彼女の編み物人生をわたしの人生の一部として続ける。
これが最高の供養となることを祈っています。