注意:

このブログは妻が辛い闘病生活を終え、天国へと旅立ったあと、ブログ主が妻との人生を振り返る目的で書いています。

長期間にわたることから記憶違い、記載間違いなどが起こる可能性は極めて高いです。ただ、わたしたちの経験してきた歴史はまごうことなき本物です。

それをご承知のうえでお読みください。

また、わたしの妻がどういう人間であったか。皆様の心の中に少しでも印象づけていただけたら幸いです。

 

前回からの続き

1993年。

1992年から兆しの出ていたバブル崩壊が始まった年。

リストラという言葉が生まれたのもこの年だったと思います。

ここから俗にいう「失われた30年」が始まるのです。

因みに、30年不況の始まりは1989年、原因は平成元年(わたしが入社した年)に導入された消費税だと言う人達がいます。

消費税という名称ですが、実際は売上税であり、本来、利益(所得)に対して課税されるべき税金が、利益が出ていなくても税金として徴収されるという世界が日本に初めて登場したのでした。

 

話が脱線しました。

消費税の話はここまで。

 

こうした経済環境の中ではありましたが、ウチの会社の業績は依然として好調を維持し続けておりました。

東証二部から東証一部に上場変更となって間もない年でもあります。

夏冬の賞与も我々の年齢からするとまあまあ貰っているほうだったのではないでしょうか。

 

自由に使えるお金がそれなりにあり、そのお金を使って私達は何をしたのか。

はい、みなさん大好き、旅行です。

1993年という年ほど二人で旅行した年はありませんでした。

旅行と言っても日帰りもあればお泊りもありです。

先日、彼女の実家が厳しくてお泊りデートは結婚するまで殆どしなかった、と書きましたが、改めて振り返ってみると、この年はお泊りデートの頻度が極めて高かったことが分かります。

付き合い始めてからほぼ2年。

将来に向けた準備が始まりつつあった年だったと思います。

 

さて、彼女は男気?がある人と書きました。

自分でも「わたし、男みたいだから」と言ってましたね。

物怖じしない、誰に対してもはっきり言う、それでいて、人の気持ちにはとても敏感で優しい配慮ができる人でした。

また、わたしが言うのも何ですが、彼女の容姿は男性から見て、とても魅力的であったと思います。

蓼食う虫も好き好き、ではありますが、太っているわけではなく、ややぽっちゃり、つまり肉付きの良い女性の容姿は母性を感じさせて男性にとっては安心できるものです。(あれ?わたしだけ?)

 

笑顔も可愛くて、いつまでもニコニコさせていたいって感じでした。

すみません、のろけ過ぎと言われそうなのでここまでにします。

 

1993年、最初の旅は京都、嵐山。

初夏の頃だったと思います。

実は、わたしは高校を卒業してから1年ほど京都の大学に通っていました。

なので京都の交通事情はよく分かっていて、彼女を連れて京都の街を散策するのも特に地図を必要としたりはしませんでした。

また、彼女も京都は大学時代にサークルで来ていた経験があり、お互い迷うことなくスムーズな旅でしたね。

ここまで書いてふと思い出したのですが、朝、ホテルを出て、歩道を歩き出した時、お腹が張って「オ〇ラ」をブッとしてしまったことがありました。

彼女には聞こえなかっただろうと思い、そしらぬ顔をしていたら、彼女におしりをバンと叩かれて「しまりが悪いわね」って感じでニヤリとされました。

変なところを覚えているものですね。

 

あと覚えていることと言えば、ホテルの近くにある串揚げ屋さんだったかな、たくさん頼んで食べきれなくて、最後に残ったものをホテルに持ち帰りました。

彼女が「ホントに食べるかな?」と言うので「食べるんじゃない?」と言って持ち帰ったモノはカレー味の手羽先。

結局食べずにサヨナラしたのでした。

 

こうして1993年、ふたりの新たな足跡がスタートしたのです。

少し長くなってしまったので今回はここまでにします。

 

次回に続きます。

 

追記

まことに、くだらないことを書いていて申し訳ないのですが、ここで書いていることはわたしがさらに歳を取って昔の記憶が薄れてきたとき用に、彼女との人生を思い出として残しておくことを目的としています。

よって、こんな些細な、どうでも良いと思われることがこれからも頻出すると思います。(というかこれがメインという話も。。)

でも、それはわたしにとっては宝物のような彼女との記憶なのです。

ご承知おきくださいませ。