思い出手帳。
それは、ふと思い出したかすかな記憶を書き留めておくものです。
片手で持てる手頃なものを持ち歩いてます。
思い出したらすぐに書き留めないと、あとから思い出そうとしても出来ないことがママあるためです。
思い出した時は何か温かいものを感じて、その記憶に浸ってしまうのですが、別の何かに気を取られてしまうと、あっと言う間に頭の中から消え去ってしまいます。
だから、忘れないように、簡単なワードでメモメモ、していますw
思うに、人が経験した記憶というものは、嗅覚、触覚、視覚、聴覚、味覚というもので記憶の奥底に眠っているものであるようです。
それが五覚に触れた時に蘇ってくる。
例えば、ふと柔らかい風が頬を撫でていくと、過去にした同じような経験を脳が探してきてくれる、と言ったようにです。
また、もの書きをしていると、ある場所、ある時間、ある言葉を紡いだ瞬間に、そのシーンが記録映画のように蘇ってきたりもします。
先日は、妻と車で行った箱根ターンパイクの駐車場で見た景色でした。
きっと、みなさんも同じような経験をしているのではないか、と思います。
私たちの人生は、妻とわたしだけの人生、息子が生まれたあとの家族の人生、と形を変えていくのですが、それらの人生は、かような小さな経験、歴史の積み重ねです。
毎日、同じような日常を繰り返していたとしても、やははりそこには経験、歴史の積み重ねというものがありました。
もし、日記をつけていたら、より鮮明に思い出すことができるのにな、というのはわたしの反省ですが、妻の遺品を整理していたところ、なんと、息子が生まれて、保育園に入り、卒業するまでのことを綴った日記が出てきました。
本当なら、老後の楽しみとして妻が、「あの頃はさぁ、、」と言ってわたしをイジメル材料にも使われたと思いますが、残念ながらその機会は永遠に失われました。
落ち着いたら、妻の日記を読ませてもらって、妻との人生を綴る材料にさせてもらおうと思っています。
因みに、息子は他人の日記を勝手に読むもんじゃない!、と激オコプンプン丸です。(苦笑)