みなさん、こんにちは。
さて、いま、妻の写っている写真探索をしています。
因みに仕事はそっちのけで、です。
写真。
若い頃は頻繁に撮ったものですが、年齢を重ねるうちに明らかに減ってきていることが分かります。子供が中学、高校、大学になるとほぼ皆無です。
彼女⇒妻⇒母⇒家族というプロセスを経る中で撮らなくなってしまうものなのでしょうか?
彼女でいるうちは、自分の家に帰ると当然に彼女は居ないわけですから、寂しいと写真を見たりしますよね?
これが妻になるといつも一緒に居るわけですから、会社に行っている時用に定期券入れに入れておくとか、会社のデスクの上に飾っておくとかですよね。
わたしはデスクの写真は結婚して間もない頃は新婚旅行の写真、子供ができてからは子供の写真を飾っていました。
すみません、話が別の方に行きました。
戻します。
あまりに妻が恋しいので、写真、写真と探しているのですが、片づけが苦手な彼女に加え、どこにでもしまってしまうというわたしの性格から、思いがけない場所から写真が出てくることがあります。
今回は書庫からでした。
新婚旅行で行ったイタリアのコロッセオの前で撮ったツアーの集合写真、そしてみんなで食事をしているところを撮った写真。二人だけを撮ってもらった写真。
結婚したのが1995年の9月23日。
新婚旅行は翌日からでしたから、当時彼女は29歳。
わたしと付きあっているうちに、少しふっくらして(幸せ太り?)きていましたが、それでもとても美しく、可愛らしい姿がそこにはありました。
そしてあたり前ですが隣には自分。
今から見ると、なんだこいつ、ニヤニヤしやがって、という感じですがまあ良しとしましょう(だって自分だもん)
話の行先が全然読めないですね。
何が言いたいかというと、現代においては、いとも簡単に写真が撮れる時代となり、さらには動画までもが残せる時代となりました。
一方で頻繁に写真を撮るという方は少ないのが実情ではないでしょうか?
特に我々の世代は、です。
残念ですが、伴侶はいずれどちらかが先に逝きます。
その時、残された人は必死になって亡くなった方の面影を探そうとするのではないでしょうか。
残された品々、残された空気、残された時間、そして残された思い出。
もちろん記憶の中で思い出を振り返ることはできますが、そこに写真や動画が残っていれば当時のことを鮮明に思い出すことができます。
そんなに頻繁に旅行なんていかないし、旅行に行かなければ撮らないよ、という方でも、休日にカフェに行ったり、ファミレス等にご飯を食べに行ったりすると思います。
そういう時でいいんです。
写真を撮りましょう。
わたしは妻が写真は嫌い、というので隠し撮り的に撮ったりしましたが、結局残っているのはごく僅かです。
とても後悔しています。
みなさん、大切な人の写真。撮りましょうね。
sitoreham