みなさん
ご無沙汰しております。
状況芳しくなく、ブログの更新を全くしておりませんでした。すみません。
簡単に経緯をお話しておくと、ハラヴェンは三か月間やったものの効かず、でした。
投薬しつつも、三か月間CTを取らないで大丈夫なのか、と心配して、何度もCTを撮らないのですか?と整形科の主治医に訊きましたが、撮っても意味がない、というばかりで三か月を過ごし、ようやくCTを撮ったと思ったら効いてないですね、とあっさり言われました。
この頃には肝臓、すい臓、甲状腺、左上腕部、左足のふくらはぎと多発転移状態となっていて、見るからに大変な姿となっていました。
この病院って一体、、
ヴォトリエントを始めましたが、貧血が著しく、何度か輸血をして凌いでいましたが、12月に入り、ついに休薬せざるを得ない状況となりました。
そして年末、一緒に銀行に行ったりした際に、呼吸困難でわたしに掴まっていないと歩けないという状態になり、年末に向けて臥せっていましたが、元旦を迎えた夜、ついに呼吸困難が限界に達し、病院に緊急搬送されました。
病院に着いてレントゲンを撮った結果、原因だったのは左肺いっぱいの胸水でした。
気管支が折れ曲がるほどの量で、翌日から胸腔ドレーンを入れて抜きにかかりましたが、6リットルを抜いてもなお抜ききれず、原因は胸膜に転移した腫瘍から出ているもので、主治医から、「完全に抜くことは無理で、積極的な治療はもうできない」、と宣言されました。
胸水には血が混じり、結果として血圧が70-40まで下がり、何度も輸血をして凌ぐ、ということになりました。
まだ、この頃は体調は悪かったものの、普通に会話も出来て、胸水が止まれば、まだなんとかなるものと思っていました。
妻は「だいじょーぶ」と何度もニコリとして言って、わたしの不安を払拭しようとしてくれているようでした。
たぶん、自分も相当不安だったでしょうに。。
そうして輸血で凌ぎ、なんとか胸水を抜こうしている最中、血液検査でCSRが突然30近くをマーク。
いわゆるサイトカインが過剰になった状態で、ついに強い痛みと呼吸困難を併発。
主治医から余命宣告をされることとなりました。
余命としては一か月、来週であってもおかしくない。。
そんなことってあります?
一か月前は副作用に悩みつつも普通に生活していた妻が、突然に逝ってしまう?
主治医からは他の緩和病院に転院するか、今の病院で緩和病棟にいくか、決断を迫られました。
設備も整っている病院から転院することには少し抵抗感もありましたが、この病院の医師は標準治療という名のもとに希少がんで苦しむ患者の病気をしっかりと勉強することもない若手の医師に担当させ、結果として「はい、だめでした」ということをする病院です。
腫瘍科で主治医をしていただいた医師は何をするにも丁寧に、かつ、心配する我々に寄り添ってくれましたが、その他の医師は最悪の婦人科をはじめとして、未経験の医師に経験を積ませることを優先するような病院です。
若手育成は理解できますが、どういう対応をしているのかチェックするべきでしょうに。
妻とも話をしましたが、自宅近くの緩和病院に転院することに決めました。抗がん剤をするためだけに通っていた病院でしたから。
胸腔ドレーンを入れたままでの転院は極めて例が少ないとリスクを強調されましたが、リスクを押してでも転院を選択しました。
転院先の病院は設備が古く、妻に申し訳ない気持ちが多分にありますが、自宅から近いこと、わたしが24時間付き添うことを許されていること、を考慮すると転院は正解だと考えています。
現在は医療麻薬で痛みと息苦しさを抑えていますが、腎臓の値が低下していることから、こちらの主治医も長くはない、という判断を支持しているそうです。
医療麻薬自体は少量で意識もあり、ずっと寝たまま、という状態ではありませんが、少量であっても記憶がおかしくなるようで、言動が怪しなっています。
また、子供返りのような現象も起きていて、わたしに対してとても愛くるしい姿を見せてくれます。
もともとかわいい妻ですが、愛おしさがさらに募ります。
彼女は「ぼーっとしていたい」と言いますが、時折、「もうだめ?」、「このままじゃダメなのかな?」と呟きます。
そのたびに、「大丈夫だよ、僕がついてるから」と言いますが、正直、気が狂いそうです。
前の病院で胸水が止まらずにいた時、「もう家には帰れないのかな?」と言っていた妻の姿。
「家に帰りたい」と呟く妻の姿。
なんとか家に連れて帰ってあげたい。外泊でもいい。家で妻の姿を見ることがまた出来たなら。。
本日、妻には内緒で葬儀場の手配に行きました。
家族葬を予定していますが、友人たちも呼んで、彼女のことを大切にしてくれた人達に見送ってもらおうと思っています。
今は、一日でも長く、他愛のない会話をして、彼女の姿を目に焼き付けておくことに注力したいと思います。また、今まで大切にしていなかった妻に対して、できるだけのことをしたいと思います。
次にブログを書くのは妻が旅立った時になると思います。
みなさん
妻が痛みや苦しみなく、これから一日でも長く平穏に過ごせることを祈ってください。
お願いします。
また、書きます。