高橋秀之の小説 -20ページ目

高橋秀之の小説

高橋秀之の妄想小説へようこそ。
作品の内容、人物の名前等すべてフィクションです。

この物語はフィクションで

実在する人物・団体等とは一切関係ありません。


ホスピタリティ・おもてなしの心【18】


 総務課長が手を挙げ、美津枝に問いかけた。

 「女将のポストは今まで通り、唐沢さんだと分かりましたが、後継者というか

代表者は?」

 『あなたは、何を訊いていたのですか?勿論、所有者は何れ戻ってくる息子

の昭夫になりますが、ホテルの運営は全て唐沢さんに任せます』

 「と、いうことは社長は?」

 長谷川は、総務課長の口から自分の事に関する言葉が出てきたので、思わ

ず美津枝を見た。

 『長谷川さんは、社長のポストではなくなります。女将の唐沢さんを応援して

いこうと思うのなら、残って助けてあげて頂戴。やめようと思われるのならやめて

くださっても構いません』

 美津枝は、そこで一旦言葉を切り長谷川を見た。

 長谷川は、その視線を逸らし宙を仰いだ。

 美津枝は、会場内を眺め回したあと言葉を続けた。

 『他のみなさんも同じです。唐沢さんを盛り立てていこうと思う人は、残って

頑張って頂戴』


 説明会が終わった後、大野香織は長谷川を見つめ問いかけた。

 『オーナー婦人のいう通りよね。唐沢さんに任せるのなら彼女がやりやすい

体制にしてあげなけりゃ』

 長谷川が答える前に、営業部長の中沢圭吾が近寄ってきて長谷川に声を

かけた。

 「意外な結果が出たな。長谷川社長はどうするのかね?」

 「もう社長じゃないさ、俺もまだ子供に一番金がかかる時期でね。いまここを

やめても過去の栄光に見合うポストを確保できるような社会情勢ではない」

 長谷川は、そこで一呼吸入れた後

 「きみの方こそ、どうするつもりなんだい?つい先日まで唐沢に噛み付いて

いた筈だが」

 中沢は、手で頭を撫でながら

 「どうだい、久しぶりに一杯飲みながら相談しないか」

 二人の話を横で聞いていた大野香織は

 『どちらかといえば、個人的には仲が良くなかった方たちが、休戦してタッグ

を組もうというの?』と言って、二人の顔を見つめた。

 「大野係長、きみも一緒に来いよ」

この物語はフィクションで

実在する人物・団体等とは一切関係ありません。


ホスピタリティ・おもてなしの心【17】


 その席に集まっていた全ての者の心中は、穏やかではなかったが、その

場はシーンと静まり返り奥村美津枝の声だけが響き渡っていた。


    こんな事になるのなら、唐沢を切るんじゃなかった

 長谷川は、話しを続けている美津枝の顔を呆然と見つめていた。

 美津枝の話している言葉など、何も耳に届かなかった。

 美津枝を眺めながら、口をパクパク動かしているから何か話しているのだ

ろう、としか感じていなかった。


 『わたしは、奥村に嫁ぎ夫を支え、女将としてこのホテルを守ってきました。

数年前、このホテルの従業員に素晴らしい女性がいるのを知り、そのひとに

女将になって貰いたい、と思っていました。この場におられる皆さんもご存知

のひとですが、中村裕美さんという、まるでホテルウーマンになる為に生まれ

て来たと言っても過言ではないようなひとでした。しかし彼女はここを去ってい

きました。』

 美津枝は、一旦言葉を止め一呼吸を入れた。

 『わたしは、奥村が亡くなったあと中村さんに来て貰おうかと考えました。し

かし、彼女は不慮の事故で亡くなっているそうです。正直がっかりしました。

とはいえ、冷静に考えて見ると仮に彼女が生きておられたとしても、呼ぶべき

存在のひとではないのです。理由はどうであれ、彼女はここを去ったひとです。

ここを捨てたひとです。ところが、今日わたしが委任した唐沢さんは、ホテルが

よい時も現在の様に大変な時にも、このホテルの為に頑張っていてくれていま

す。わたしは、先日の会議での彼女の一生懸命な発言を聞いていて、このひと

だと決めました』

この物語はフィクションで

実在する人物・団体等とは一切関係ありません。


ホスピタリティ・おもてなしの心【16】


 ホテル・ブルービーチ白浜の営業部長である中沢圭吾は、東京のトラベル

エージェントに10年間勤め先月戻ってきた娘の由梨を女将に据え自分が社

長の座に着くことを画策していた。

 オーナーの奥村孝蔵が死亡し妻の美津枝が跡を継ぐと、どういう訳か孝蔵

に気に入られていた長谷川は失脚し、自分に運が廻ってくると信じていた。

 これは中沢が一人自分で思い込んでいるというものではなく、実情を知る

周りの誰もがそう理解していた。

 長谷川についているというか、長谷川に気に入られている者たちはオーナー

の孝蔵が亡くなれば自分達の立場がどうなるのだろう、という様な不安感が

生じ、この客足の減っている現状をどう乗り切るかということへの意識が薄らい

でいた。

 その様な中であっても、唐沢女将の発言に応えようと立ち上がっていたパート

待遇の者たちは、オーナーが誰に代わろうと関係ないとばかりに来てくださった

客へのもてなしと、新しい客を一人でも招こうと奮闘していた。


 そうこうしている内にオーナーの奥村孝蔵は、あっけなく息を引取り本人の

生前からの希望により、家族だけでつつましく葬儀が執り行われた。


 ホテルの客はといえば、ゴールデンウイークだけは例年並に賑わったが、

それ以降は減少したままである。


 夏休みを迎える前に、奥村美津枝は今後のホテル・ブルービーチ白浜の運営

についての説明するために、幹部を招集した。

 長谷川も中沢も、出席メンバーの顔を眺め回したあと目を閉じ美津枝の言葉を

待った。

     俺が社長の座に就くに決まっている

 中沢は、そう目論んでいた。

     奥村婦人のお気に入り大野香織は、俺についている。今後も社長の座

     は俺だ

 長谷川は、そう考えていた。


 美津枝は、亡き夫の弔いの節目を終えたことを報告するとともに、今まで永年に

亘りホテルのために働いている従業員の労を労った。


 そして、いよいよ本日の本題に移った。

 『わたしは、これから先、ホテルを息子の孝一に譲り、その運営を女将の唐沢

志穂さんに任せたいと思うの』

 目を閉じ美津枝の言葉を聴いていた長谷川も中沢も、えっ?と言わんばかりに

目を開き美津枝を見た。

 美津枝の発言に、その場にいた者は当の唐沢志穂も含め発言者に目を向けた。

この物語はフィクションで

実在する人物・団体等とは一切関係ありません。


ホスピタリティ・おもてなしの心【15】


 長谷川は、料飲部に電話をかけ出た相手に

 「長谷川だが、大野係長はいるかね」と、大野香織を電話口に呼び出した。

 暫くすると、受話器から大野香織の声が聞こえてきた。

    お待たせいたしました。大野です

 「長谷川だが、忙しいときに悪いね」

    社長、お疲れ様です。何か?

 「今後のことについて、皆の意見を訊いていてね。きみのご意見を拝聴した

く、時間を取ってもらえないかね」

    わたしの様な者の意見をですか?今日は仕事を終えた後、若い子らと

    ミーティングがあるんですよ

 「じゃあ、明日でも良いですよ」

    明日なら、都合つけられますが

 「それじゃ、明日頼むよ。時間については明日もう一度連絡するから、きみの

携帯の番号を教えて貰って良いかな」

 長谷川は、大野香織の携帯の番号を聞きだした後、他愛のない話を少しして

受話器を置いた。

 そして、まるで強力な片腕を既に獲得出来たかの様にひとりニンマリした。

    さて、唐沢に別れ話をどう切り出すかだな、と立ち上がりながら呟いた。

この物語はフィクションで

実在する人物・団体等とは一切関係ありません。


ホスピタリティ・おもてなしの心【14】


 岩谷裕樹は、その日の仕事を終えると古谷逸美と共に夜の大阪の街に繰り出した。

 ほろ酔いかげんの多くの人々が行き交う商店街に足を踏み入れると、逸美は裕樹に

寄り添い手をからませてきた。

 裕樹は、えっ?と躊躇するもそのままにしておいた。

 二人は商店街の中程にある居酒屋に入り、肴を遅い夕食代わりにしてビールを飲ん

だ。

 『街を行き交う人たちもそうだけど、この店の中はお客さんでごった返しているけど、

わたしたちの職場であるホテルは閑散としているわ』

 逸美は店の中を見回しながら、そう言ってジョッキーを手にして裕樹のジョッキーに

 『乾杯』と声をかけながら近づけてきた。

 「この店内にいる人たちや表を歩いている人たちと、ホテルに泊ってくれる人達とは

また別だけどね」

 『でも、こんなにお客さんであふれかえっている店内を見るとうらやましいわ』

 「外国からの旅行客を目当てにオープンしたホテルがあって、直ぐにあの震災と原発

事故があり、頼りの外国からのお客さんが一人も来ず頭を抱え込んでいるホテルもあ

るというから、うちなんかまだ出張で大阪に来られた人や日本人の旅行客が来てくれて

いるから、まだありがたいよ」

 その様な会話をしながら時間を過ごした二人は、その居酒屋を出るとネオンのちらつく

建物へと逸美の主導権の下、消えていった。



 一方、ホテル・ブルービーチ白浜の雇われ社長である長谷川は、オーナーである会長

の病状が思わしくなく先が短い事を知り思い悩んでいた。

    俺が、このホテルの社長としてやってこれたのは、オーナーである会長が俺を認

   めてくれたからだ。はっきり言って俺はオーナー夫人である副会長には受けが悪い。

   会長が亡くなり、副会長が全面的に後を継げば俺はどうなる事か。

   この辺りを潮時に唐沢と別れ、副会長に受けが良い料飲部係長の大野香織と関係

   を今のうちに築いておく方が賢いな

 長谷川は、その様なことを画策すると、善は急げだ、とばかりにニンマリしながら受話器

を手にした。