この物語は作者の創作です。実在する団体、人物等
一切関係ありません。なお著作権は作者に属します
ホスピタリティ
ホテルウーマン中村裕美の闘い
【17】
翌日、公休で山川フロント係長は不在だが、主任の唐沢誠子を軸にして
順調に業務はこなしていけた。
午後2時前、事が起こった。客室清掃を請け負っている業者の責任者から
835号室の天井より多量の水漏れが生じている と連絡が入った。
その責任者によれば、施設係に連絡済みという。唐沢も施設係に電話を
入れ、至急状況について連絡を求めた。
しばらくして、フロントの電話が鳴り835号室からの着信を示している。
『フロント中村が承ります』と裕美が受話器をとり電話に出た。
施設係からの連絡で、天井裏を走っている給湯管のトラブルによる漏れが
原因で応急処置で漏れは止めたが、畳等ボトボトで今日は部屋を使用でき
ない という。
裕美は電話に対応しながら、今日は満室ではなく振れる部屋があるので
仕方がないことだと思い
『唐沢主任、今日835号室使用できないようです』と言った。
唐沢は、パソコンのモニターを睨みながら険しい表情で
『それは駄目よ』と叫んだ。
裕美は、不思議に思いながら
『お部屋を振ればいいじゃないですか。今日は一部屋空いているところが
ありますよ』と、唐沢に駆け寄った。
唐沢は、モニターを指差しながら
『8階は、スピードツアーにフロアー全体を売っている。中村さんには
未だわからないかも知れないけど、この場合わたしたちには部屋の操作
はできない』
困惑している唐沢に、裕美は尋ねた。
『じゃあ、こんな場合どうするの?』
『添乗員さんに、お願いして部屋を一室返室して貰うの。そして添乗員さんの
采配で35部屋に宿泊予定の方を34部屋で割り振りして貰う。でも、先ほどから
添乗員さんに連絡を取っているけど連絡が付かない。困ったわ』
そこへ、中川翔子や岩谷他数名のフロント係が入ってきた。
『あっ、ちょうど良かったわ中川さん、こちらへ来て。中川さん中村さん、もし
わたしが席を外しているときに、スピードツアーが到着したら手続きの前に、鍵束
を渡す前に添乗員に事情を説明して、835号室を返室して貰って835号室の鍵
を抜いて添乗員さんにお渡しして。どうしても35室要ると言われれば3階に一部屋
ご用意できますって言って』
裕美も翔子も頷いて、フロント係全員職務についた。
その日は、4つの団体客があり部屋一部屋を残すだけの稼動で、4時ごろ
にはロビーやフロントカウンターがごった返してきた。
途中、主任の唐沢が席を離れ戻ってきたとき
唐沢が、8階の鍵束がないのに気づいた。しかし、835号室の鍵は残って
いない。
『誰か、スピードさんの受付をしてくれた?説明はしてくれたんでしょうね』と
誰に言うとなく小声で囁いた。
そのとき、中川翔子が
『あっ』と声にならない奇声を発し、唐沢の方を見てみるみる顔色が真っ青に
なっていった。
そして、震えるように
『忘れた』といった。
たしかに、一気に個人客も殺到しフロントはてんてこ舞いになっていた。
必死になって業務をこなしているうちに、スピードツアーの受付に立った。
そして、そのまま通常通りに処理をし鍵を渡してしまっていた。
そこへ、数人の厳つい男性に取り囲まれたスピードツアーの若い女性添乗員
がフロントにやってきて
『責任者は誰?ここのホテルはなんなの?あんな畳が上げられ天井から水の
垂れているところにお客さんを入れるの。いい加減にしてよ』と叫ぶように言った。
唐沢志穂が、さっと添乗員の前に行って
『申し訳ございません。わたくしどもの手違いでご迷惑をおかけしております。
何度も添乗員さんにお部屋の数についてご連絡させて頂いたのですが・・・』と
頭を下げた。
しかし、かなりお酒が入って出来上がっている客からやいのやいのと喝采を
浴びている添乗員は引き下がれない。
『何よ、それ。ここのホテルじゃ、自分たちの不始末を客の所為にするわけ?
話にならないわ。電話に出なかったわたしが悪いの?支配人を呼んでよ』
添乗員がカウンターに来たときには、取り巻きは835号室を利用する4人の
お客さんだけだったが、いつの間にか10人ぐらいが添乗員を取り囲み、ホテル
を非難するというより若くて可愛い添乗員をからかうように
「支配人、支配人」と手拍子を打ち始めた。
これじゃ収拾がつかない と思った裕美は、岩谷に小声で岩谷に囁いた、。
『すぐ支配人を呼んできて』
岩谷が頷き、呼びに行くまでもなく、騒ぎを聞きつけ支配人が駆けつけてきた。
「どうしたの?」と唐沢主任に聞く。唐沢が一部始終を支配人に説明すると
「山川は?」と怒ったように言いながら、180度転換したにこやかな顔つきで
添乗員に、
「お客様申し訳ございません。ここでは何ですから奥でお話させていただきます」
と頭を下げた。
『いやよ。どうしてわたしたちが到着したとき、事前に34室しか利用できませんって
言ってくれなかったのよ。それならそれでお客さんを部屋へ送る前に何とかなったわよ』
添乗員は、客にけしかけられ目に涙をためながら半泣き状態で
『支配人、あなたはどう思われるの?』
「申し訳ございません。唐沢君、代わりの部屋は?何をぐずぐずしているんだ」
『はい。ご用意させていただいております』
『7階に用意してくれているんでしょうね』
『3階にご用意させていただいております』
『何それ?いい加減にしてよ、わたしたちのツアーは何階を利用しているの?』
『8階でございます』
『ふざけないでよ。あなたたちのミスで一室を3階にしろっていうの?もういや、
支配人、近くのホテルに140人移れるところを、このホテルの全責任で確保して
わたしたちをそこまで送ってよ』
「唐沢君、7階に部屋都合つかないのか?」
『7階は、全フロアー、アメーバツアーに売っていて間もなく到着します。4から6階
まで、チエックインが終わっています。3階に本日空いている1室とチエックインが未だ
の部屋があるだけです』
「山川は?」
『係長は公休です』
「なんだ。こんなときに」
酒に酔った建設会社の客たちが、添乗員に話しかけた。
「おいおい、姉ちゃんよ。俺たちや、あの畳のない水の垂れた部屋でもいいぜ。
その代わり姉ちゃんも一緒に来てサービスしてくれりゃ」
ホテル玄関に、3台の観光バスが到着し本日最後の団体客が到着した。
ただでさえ、ごった返しているロビーに100人を超える人たちがなだれ込んできた。
数人の、ホテルマンホテルウーマンが出迎えている。
2人の添乗員がツアー客を並べ点呼をとっている。
一人の添乗員が、伝票を持ってフロントに近づいてきた。
岩谷が、カウンター前に立った女性添乗員の前に行き、お辞儀をしながら
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」と声をかけた。
『アメーバツアーです。お願いします』
「ありがとうございます。本日、7階35室ご利用のアメーバーツアー様ですね。
手続きをさせていただきます。」
その女性添乗員は、岩谷の横で個間客のチエックイン手続きをしている裕美の
顔を眺めながら声を発した。
『なあ~んだ。ひろみじゃない』 <つづく>