我々は知らない。
この世界には天使と悪魔が存在することを。
夜も深まる午前3時頃、目視でも全長100mはあろうかという巨大な水竜リヴァイアサンがゆっくりとロンドンの上空を漂っていた。人々はそれを雲のようなものだと思い気がついていなかった。
ただ一人、それを見上げている男がいた。
ロンドン郊外にある小高い丘の上、所々土埃で汚れた丈の長いダッフルコートに身を包んだ彼は、暗闇の中にうっすらと浮かび上がるそのシルエットから端正な顎のラインがうかがえる。
よく見ると、もう一人、その横にそっくりな顔をした男がいる。なぜか彼の体は下半分が地中に埋もれ、何かブツブツと言っている。
二人の名は共にアダモ。
人ではなく土より生まれし泥人形と言われている最高位の熾天使ミカエルが生み出し存在。
彼らは大量なる消耗品としてミカエルのために存在する土の木偶。
そんな彼らは幽門と言われる地上界と冥界を繋ぐ巨大な扉がロンドン郊外で発見されたという情報を元にその事実を確認するための調査に来ていた。
しかし、既に幽門は開かれ、そこから侵入した悪魔ネザリアンのなかで最も巨大なリヴァイアサンが悠然と漂っていた。
何とかリヴァイアサンの侵入を防ごうとしたが力及ばず、リヴァイアサンは近くの湖へと向かってしまった。
アダモは土より栄養を得て存在を維持している。一人のアダモが体半分地中に埋まっていたのは、その時受けたダメージによって下半身を失ったためで、損傷した部位の回復のために土から補給していたが、既に損傷部位が多すぎ虫の息だった……。
その頃、又別の全く同じ姿をしたアダモが、この事態に対して、指示を仰ぐために天界の熾天使ミカエルへと報告に向かった。
熾天使ミカエルはその幽門を塞ぎリヴァイアサンを再び閉じ込めるために、新たに1人の天使を地上界へと転生させた。物語はその天使が、転生先で部屋をリフォームする所から始まる。
「見積もりを出してくれ」

無愛想な顔つきをしたひげ面の男が部屋の中に立っている。その向かいには齢40過ぎと思われる女性がひげの男の方を見て立っていた。
彼女は世間話が好きなのだろうか。肝心の本題に入る前に色々と与太話を続けていた。
その話ぶりから察するに、どうやら既婚者で、30歳頃に結婚、おそらく高校生くらいの子供がいるようだ。ここからは想像だが多分受験生だろう。理由は今が7月でどうもさっきから何かと携帯電話を気にしてソワソワしている。何か試験の結果でも待ってるのでは? 髭の男はそう想像していた。
そんな彼女が、決して家族には見せることのない、他人だからこそ見せる”気を使った”作り笑いで言葉を投げてきた。
「派手にやりましたね~」
だがその気を遣った眼差しは、明らかに鋭く部屋の隅々までチェックしていた。
そのままドンドンと不安そうに部屋の中を見回していく。
それもそのはず、髭面の男の部屋は天井は剥がされ骨組みのみ、その外したボードも床に散らかり、壁紙は全てが剥がされている。
何も知らない人がみれば、ただボロボロになっているだけに思えただろう。
彼女の目は相変わらす不安そうだが、言葉ぶりは楽しそうだった。
髭の男は横目で見ながら思った。
『元来トラブルが好きなんだろう。まあ、リフォーム屋とはそういうものか……』
彼女は一級建築士、この部屋を何とかして欲しいと髭面の男に部屋のリフォームの見積もりを頼まれていた。
彼女の、複雑な想いを秘めた語りかけに髭面の男は眉をあげて、両手を上げるジェスチャーと共に強がりを言ってみせた。
「まあ、結局コストダウンをするには、壊せる所は自分で壊したらいいと思ってね。しかし、この天井はなんだ?粉ばっかり落ちて来て目がシバシバして仕方が無かったぞ!」
「これは石膏ボードと言って最も安価で燃えにくい建築士材です。でも流石にこれは、、、」
「何だ?何か問題があるのか?」
髭の男はドキッとした。
「確かにこれで解体費用は安く上がりましたが、処分料が結構かかるかもしれません」
「処分費用だと? ゴミになんで金がかかるんだよ」
「これは石膏ボードと言って一般回収できない業者専門の廃材になります」
「何だよ、ゴミにプロもアマもねえだろ? 頑張って節約するために自分で部屋の解体作業をしたのに、結局金をとられるなんて、ふざけんじゃねーよ」
「いや、だから最初に何もしない方がいいと言ったんですが‥」
髭面の男はそれを聞きがっくりと肩を落とした。
「まあいいよ……しょうがないそれで廃材業者の見積もりっていったいいくらなんだよ?」
「そうですね。概算ですが、運搬費用で2万ポンド……」
「はっ?何だよ運搬費用でって?
えっ!しかもまさか、それで終わりじゃねーのかよ」
「はい、あと人件費、5000ポンドに廃材処理量が立米単位の計算になります」
「立米?なんだい?それは」
「立米とは縦横高さを掛けたいわゆる立体を捉える単位です。その単位ごとで回収価格が決まるんです。今回だと5立米はあると思うので、2000ポンド
それもアスベストがない場合なので、実際は試算して見ないと‥」
「おいおい、待て待てちょっとした引越しじゃねーか?
ゴミの処分だぞ?」
「まあ、それがルールなので、、、」
男はそれを聞き現実を知ったのか不安そうな顔は消えた。
「ところでアスベストってなんだ?」
「現在では使用不可となっている素材です。これを使用していると処分費用自体は4倍になります」
ルールルルール~
今、誰にも聞こえていないが彼の心の中ではレクイエムの鼻歌が流れている。
あまりに想像を絶する見積もりに髭の男は一瞬現実を受け入れられず無表情になった、そして時間とともに少し苛立ちを抑えきれない表情へと顔つきが厳しくななっていく。
「クソ! 足元をみやがって、こっちは手間暇掛けて節約してるというのに、細かい小金取りやがって」
「だから最初からお金が無いのならそのまま住めばと提案したんです」
頭をかきむしりながら古びた部屋を見渡し男は言った。
「ダサいのはやなんだよ、、」
それを聞き、ふーっと彼女はため息をつき紙を差し出した。
髭の男はそれを受け取り、ペンは?という感じのジェスチャーをしてみせた。
彼女は少し気を使う感じでペンを渡した。
「あとは任せていただいて、ここにサインをしてください」
「支払いはカード払いで頼むよ」
男はそう言って渡された紙に
”ザラキエル”
とペンを走らせた
同刻
ロンドンにあるビックベンという巨大な時計台の麓。今日は霧が深く10m先も怪しい視界だった。
丁度その真下に位置するメインストリートとなっている橋の上をザラキエルとは違う、まるで彫刻のように端正な顔立ちをしたアダモが歩いている。
そして背中には何か重そうなずたぶくろを持っていた。
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