短歌+いちばん無垢で幸福な映画~メリエス「月世界旅行」1902年 | 熾天使病のブログ

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【今日の映画】





いちばん無垢で幸福な映画~メリエス「月世界旅行」

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監督 ジョルジュ・メリエス  1902年 フランス 






 去年の映画で「ヒューゴの不思議な発明」という作品があった。封切り当時話題になったし、作品評価も高く、ヒットもしたので、見た人も多いのではないだろうか。監督は名匠マーチン・スコセッシ。
 この映画の中にメリエスという老人が出てくる。昔映画を作っていたという設定だ。
 このメリエスという老人は映画創世記に活躍した映画作家のジョルジュ・メリエスをモデルにしていて、実際にメリエスの作った「月世界旅行」というフィルムが映画の中に登場する。映画の中に、ほかのれっきとした映画が挿入される例は珍しい。さらに映画の中にわざわざメリエスを元映画作家として実名登場させたこと自体、スコセッシのメリエスへの思いの深さが伝わってくる。メリエスへのオマージュとしてこの作品が作られたのではないかと思えてくるのだ。
 ジョルジュ・メリエス(1861-1938)は映画の父と言われ、映画創世期に数多くの作品を作った。そのほとんどは数分から長くても十数分程度のものだ。当時としてはそれでも長編だったのである。
 映画というシステム(映画用カメラと映写機)を作ったのはリュミエール兄弟とエジソンと言われているが、作品としての映画を確立させたのはリュミエール兄弟とメリエスによる功績が大きい。
 リュミエール兄弟はもっぱら街の風景とか人々の生活などにカメラを向け、ありのままの情景を写し撮った。一方メリエスは対照的に、セットを組んで、その中で演技をする役者にカメラを向けた。
 「月世界旅行」はその代表作で、映画が発明されたばかりの時代にもかかわらず、大掛かりなセットを作り、映画的虚構の世界を作り出している。もとは手品師だったメリエスにとって映画とは、実際の光景をそのまま撮影することよりも、映画的虚構を作り出すことと、あくまでもエンターティメントであることにこだわりがあったのだろう。
 またメリエスが得意とした手品のトリックの数々が映画のトリック撮影のヒントにもなったそうだ。手品と映画という、幸運な出会いがメリエスの幻術的映像の数々を生んだ。
 さて、映画「月世界旅行」は科学者達のロケット製造の会議のシーンから始まり、砲弾型ロケットの製作、打ち上げへと続く。砲弾型ロケットが飛んでいくと、月が顔になっていて、ロケットが突き刺さると、思わず痛そうに顔をゆがめるという有名なシーンが現れる。
 このシーンは、「一千一秒物語」の稲垣足穂がいたくお気に入りとみえて、いろんな作品で言及している。というか、月がシルクハットをかぶって散歩をしたり、彗星がシガレットを燻らせている「一千一秒物語」の世界は、このシーンにインスパイアされたんじゃないだろうかと思えてくるほどだ・・・・。
 月の世界へ到着した科学者の一行はあちこち歩き回り、疲れて寝てしまう。この時夜空に浮かんだ土星が人間化されていたり、星の扮装をした娘が登場したり、そのインファンテリズムが見ていて限りなく楽しい。
 また月の情景も針のように尖った山ばかりで、当時の月の世界はこんなふうに想像されていたのかと興味深い。のっぺりしたクレーターだらけの月の世界よりよっぽどファンタジックだ。一行が月の世界を探険していると、巨大なキノコに埋め尽くされた場所に出てしまうのだが、この場面のイメージも素晴らしい。月の世界がとんでもない秘境、魔界にみえてくる。どの場面もようするに書割なのだが、そのセンス、イマジネーションは今見ても新鮮だ。
 一行は月世界の住人に追われたりして、ほうほうのていでロケットで地球に逃げ帰る。といってもそれは崖のようなところから砲弾型ロケットがまっさかさまに落ちていくだけで、落ちたところが地球というわけだ。この科学的根拠を踏みにじったデタラメさもまた楽しい。
 「月世界旅行」は、映画という玩具を手にしたメリエスが、無我夢中で遊んでいる様子がヒシヒシと伝わってくる。その姿はまさに無垢で幸福な子供の姿そのものだ。
 映画はその後、より複雑なストーリーを語り、深い思弁を持つようになっていく。映画もまた内面的に成長する。表現主義に影響を受けたり、社会主義リアリズムに染まったり、戦争を批判したり、現実を糾弾したり、メリエスの時代から長い時が流れる。ハリウッド的なエンターティメントの映画も映像テクニックを極め、今や3DやFSXでバカバカしいほどの壮大な映像世界を展開している。
 だがその原点にはメリエスがいて、無邪気に、そして大いなる情熱を持って砲弾型ロケットを月に向かって飛ばしているのだ。



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メリエスの「月世界旅行」には、モノクロ版とカラー版が存在する。
もともとはモノクロ映画として製作されたが(当時はまだカラーフィルムが発明されていなかった)、メリエスが自ら、フィルムに人工着色を施してカラー映画にしたのだった。ここではカラー版の「月世界旅行」を紹介した。なお、いちばん下の砲弾型ロケットが飛んでいくアニメはメリエスのフィルムとは関係ありません。管理人がテキトーに作ったものです(ケータイでは再生されません)。



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