両子寺仁王像 | 古代文化研究所:第2室

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ブログ「古代文化研究所」で、書き切れなかったものを書き継いでいます。

○両子寺を訪れたのは、2022年8月2日の午後2時過ぎだった。両子寺は駐車場から上がったところがもう境内だから、今どき、山門から入る人は、まず居ない。

○本来、寺に入るのに、山門を経ないで境内に入るのは、何処か、おかしい。両子寺には、立派な山門が存在し、仁王像も建っている。それらを経由しないで、お寺に入るのは、何処か、常識を外れている。そんな気がする。

○と言うのも、両子寺の参詣道は、鬱蒼とした森の中、石段が続いていて、なかなか風情のあるものである。そこに仁王像が建っている。その仁王像がどんなものか。近くの説明板は、相当古ぼけているが、次のようにあった。

      町指定有形文化財(昭和五十六年三月二十五日指定)

      両子寺仁王

   石造仁王は全国に分布しているものの、その数は大分県が圧倒的に多く、

  中でも国東半島には、一三〇を越える仁王が確認されている。

   寺域や仏像、神社の守護を目的として造られた仁王は、鎌倉時代から

  造られ始め、安土桃山時代に最盛期を迎える。しかし、江戸時代の後半に

  なると仁王は村全体、個人の信仰の対象として造立、奉納されることが

  多くなる。

   両子寺の仁王は大型で容相もいかめしく、天衣や裳の表現にもすぐれて

  いる。阿形像左手に持つ金剛杵は肩上に構え、右手は腰の位置で拳にする。

  吽形像右手は肩下掌を前に開き、左手は腰の仕置で拳にする。両像とも腹

  をやや突出し、胸骨や筋肉の表現には力強さが感じられ、国東半島を代表

  する仁王像である。

   銘はなく、寺の伝えによると文化十一年(一八一四年)の作といわれ、

  総高二四五㎝(阿形・吽形)、像高二三〇㎝(阿形・吽形)石材は角閃

  安山岩である。

            安岐町教育委員会

○両子寺仁王は、なかなか立派な仁王像である。そういう仁王像の歴史をこの説明文が教えてくれる。当古代文化研究所は、鹿児島県で数多くの仁王像を見て来ている。鹿児島県内にも多くの仁王像が存在する。ただ、鹿児島の仁王像のほとんどは、その寺を失っている。

○この2022年10月30日から11月2日まで、3泊4日で京都へ出掛けて来た。帰り道に、奈良で正倉院展を行っていると言うので、奈良に立ち寄った。その際、ついでに、東大寺の南大門仁王像を見て来た。

○また、奈良国立博物館仏像館では吉野山金峯山寺の仁王像を拝観することができた。現在、吉野山金峯山寺の国宝仁王門は大修理の最中で、それに合わせて、奈良国立博物館仏像館で展示されていた。

○吉野山金峯山寺の仁王像は、5mを超す大作である。それが目の前で、何の障害物も無く、見ることができる。そんな機会は、まず無い。特別に、写真も撮影できた。偶然ながら、そういう機会に恵まれたことに感謝申し上げたい。

○吉野山金峯山寺の仁王像の展示は、大修理が終わる令和10年まで続くらしい。一見の価値あり。当古代文化研究所も、もう一回は見たいと思っている。パンフレット案内は、次の通り。

      特別公開

      金峯山寺金剛力士立像

  e150611ffd81d034ea42ffe686c8f172bc246b74.pdf (kinpusen.or.jp)